「羊の木」 山上たつひこ・いがらしみきお

〜サスペンス,ホラー,スラップスティックコメディ…巨匠2人の化学反応が魅せる超絶エンターテイメント!〜

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「羊の木」(1)
山上たつひこ・いがらしみきお/講談社

かつて,筆者の知人で刑事事件を得意とする弁護士が,「同じ犯罪でも殺人を犯した人とそれ以外は全く違う」と教えてくれたことがあります。

法治国家である日本では,犯罪者は法律で裁かれていくわけですが,法律では掬いきれないものがそこにはあります。

例えば,Aが草原の一軒家を,そこに住む家人全員が留守の間に放火した場合(現住建造物放火罪(刑法108条))と,Bが友人を頭蓋骨が粉々になって脳みそが飛び散るほどに殴り殺した場合(殺人罪(刑法199条)),どちらも法律では,全く同じ法定刑「死刑又は無期若しくは五年以上の懲役」が規定されています。

ですが,AとB,同じ部屋で食事ができるか?

隣のテーブルで食事ができるか?と聞かれた場合,AとBとでは回答が異なる人が多いのではないでしょうか。

つまり,AとBから受ける何か生理的なもの,皮膚感覚のようなものが異なるのです。

前ふりが長くなりました。本作「羊の木」についてお話ししましょう。

過疎と住民の高齢化,企業の撤退に喘ぐ人口17万人の港町,魚深市(うおふかし)は,罪を犯し刑期を終えた元受刑者を地方都市へ移住させる政府の極秘プロジェクトを引き受ける。

市長の鳥原秀太郎は元受刑者達の受入れを独断で決め,一般市民には何も知らせず,過去を隠した元受刑者11人を魚深市に移住させることにした。

11人の内訳は,年齢19~52歳,男女,犯した犯罪は常習窃盗,詐欺,強盗致死,覚せい剤中毒,恐喝・傷害,傷害致死,殺人,死体遺棄,放火……とバリエーション豊か!

このプロジェクトの存在を知るのは島原市長とその幼馴染みの月末(つきすえ),大塚の3人のみ。

市長の鳥原は,かつて流罪人を救い更生させた島原源左衛門の末裔で,娘の智子と2人暮らしだが,智子には極秘プロジェクトのことは告げていない。

妻と娘の三人暮らしの月末は,超・超・超ビビリなのだが面倒見がよく商工会の役員も務め,人望があり,元受刑者からの信頼も厚い。

独身で武道の達人の大塚は,元受刑者たちに町屋を紹介し,至って冷静に彼らの動静を見つめている。

公人が故に自由に動けない島原市長に代わって月末と大塚のたった2人で,11人の元受刑者達の出迎え,住居の世話から移住後の生活のケアまでを担当することになる。

はたして,このプロジェクトの行方は!?

と,ここまで読んで,設定の胡散臭さを感じられた方も多いのではないでしょうか。

はい。その通りです。

この物語,何かと胡散臭いのです。

1.魚深市に白羽の矢を立てた理由は「鳥原市長の先祖・島原源左衛門が,かつて流罪人を海深村で引き受けて厚生させたこと」だと,本プロジェクト責任者で法務官僚の三田村が説明します。

いやしくも法務省の国家プロジェクトの実施理由としてこれはないでしょう?

2.いきなり11人も引き受けるってやばいでしょう?

田舎で11人も新参者を引き受けて,街の人間が何も気付かないはずないじゃないですか。

3.狭い村社会なのですから,元受刑者同士で話がすぐに割れるはずです。

4.市長の独断で決定したとはいえ,11人もの元受刑者(凶悪事件を犯した者多数)を,たった2人でケアするのはいい年をした大人の判断とは思えないし,絶対どこかで破たんするはずです。

そんなわけで,島原,大塚や月末の苦労もむなしく画期的な犯罪者更生プロジェクトはどんどんほころんで行きます。

元受刑者同士はいつのまにか親しくなっていきますし,なんと市長の一人娘・智子は元受刑者と付き合い始めたりします。

タウン誌の記者も何やら嗅ぎ付けます。

更に,年に一度の神事「のろろ祭り」の夜,ひと騒動起きます。

しかし,本作の意図は「死刑にならない犯罪者を如何に更生させ,社会になじませてゆくのか」ではありません。

原作者の山上氏は1巻の巻末で,語っています。

「元受刑者の社会復帰とか罪とか赦しとか,そういう高尚なことは一切考えていないんです。(笑)」

本作は,人間が邪悪なものを避けるために備わっている生理,皮膚感覚のようなものを徹頭徹尾,描き出そうとしています(「羊の木」第1巻 「羊の木」誕生秘話対談より要約)。

気の弱い月末は,出所した元受刑者を迎えに行くたびに,ただ彼らの犯した罪の内容を想像するだけで,彼らの一挙手一投足に異様に取り乱します。

しかし,少し彼らと交流を持つうちに(持たざるを得ないのですが),冷静沈着な大塚と同様,一部の受刑者にだけ(ここが本作の重要ポイントです)何か生理的な嫌悪感とか危険なものをなんとはなしに感じ取るようになります。

そして,回を追うごとに,暴力,不倫,強姦,殺人,放火と過激な展開を見せますが,それは,元受刑者かどうかとは無関係に事件が起きて行きます。

確かに,人は犯罪者として生まれるわけではありません。

犯罪者になる前は端なる人です。

こんな風に本作の抱えるテーマは重いはずなのですが,そこは山上氏の原作。

いやもう、ぶっ飛んでいます。

ハラハラドキドキのサスペンス・ミステリーを感じさた途端,それがホラー,転じて禍々しい世界を感じさせるかと思いきや,今度は派手なアクション,そしてスラップステッィックでどっと笑わせてくれる……と目まぐるしいと言うかサービス精神てんこ盛りです。

そして,本作品で何より重要な心理描写。

作画を担当したいがらし氏による,構成というかアングルの定め方は見事です。

大先輩の山上氏から直々に指名され作画を担当した,いがらし氏のプレッシャーや如何ばかりかとは思うものの,彼に作画を託した山上氏の審美眼と,原作は原作として新たな世界観を描き出したいがらし氏の手腕はさすがです。

各巻の巻末には以下のオマケ?まで収録。

これでまたお得感倍増です!!!

1巻 「羊の木」誕生秘話対談(山上たつひこ×いがらしみきお)

2巻 月末の一人称で語られる,幼い日の禍々しい思いでの一コマを描いた短編小説『浜辺』

3巻 山上たつひこ氏の書き下ろし小説『模型』。そして原作と作画を入れ替えた特別企画「魚深市四コマ劇場」,『逆転羊の木』(原作・いがらしみきお、作画・山上たつひこ)も併せて掲載!

4巻 山上たつひこ氏の書き下ろし短編ミステリー小説『キヨミ』。

5巻 山上氏,いがらし氏による「あとがき」 2人の巨匠の魅せてくれる化学変化。

是非是非ご堪能あれ。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。