「どうせもう逃げられない」一井かずみ

〜死んだ人間には勝てない、のかもしれないけれど。〜

「どうせもう逃げられない」(1)
一井かずみ/小学館(フラワーコミックスα)

とにかく女の子が可愛く描かれているなと、気軽に手に取ったマンガでしたが、予想外に重めな話で、気がつけば何度も読むことになった漫画です。

普通のOLになるのが夢の「野田蔵なほ」ちゃんが、繋ぎにと思って働き始めたデザイン会社「ソロ・デザイン」で出会ったのが、伝説のデザイナー「向坂拓己」さん。

なぜ伝説かというと、二十代で名だたる賞を総ナメにしたのに、ぱったりデザインすることを辞めてしまったから。

ふたりのファーストコンタクトは、向坂さんが女性とケンカして殴られる所になほちゃんが巻き込まれる形で……。

当然ながら第一印象は最悪だったのですが、その後受けたデザイン会社の面接で、向坂さんが社長と分かります。

働き始めても、向坂さんは女性関係にだらしなく、なほちゃんをからかうのもやめず、いつもなほちゃんを怒らせています。

そうはいっても、だんだん惹かれていっちゃうんでしょ?

と思う読み通りにどんどん向坂さんに惹かれていくなほちゃん。

しかし、この向坂さんという人は付き合うには大層難しい人なのでした。

よく死んだ人間には勝てない、といわれます。

パートナーが死別した方と交際したりすると言われがちですね。

向坂さんの場合、それが片思いの相手でした。

しかも、その人は兄のお嫁さんで、自分が運転する車に乗せている時に事故ってしまい、自分は助かり義姉は死んでしまうという……。

あぁ、これは辛いですね。自分を責めて生きていてもしょうがない。

デザイナーを辞めてしまったのも、このあたりです。

それからは自分が幸せになることを禁じたように生きている向坂さんです。

それなのに、向坂さんもなほちゃんに惹かれていくんです。

可愛いし、健気だし、芯はしっかりしてますし、良い子ですからね。

いえ、たぶんふたりは最初から互いに一目惚れだった、のでしょうね。

好きになってしまったけれど、相手には恋愛の大きな傷があり、向こうは向こうで、自分は幸せになってはいけないと思っているから好きになった人に真剣に向き合えない。でも好きになってしまったから。

それで、タイトルの『どうせもう逃げられない』になったのかな。

どうせもう逃げられない、嫌いになんてなれないんだから、まっすぐ頑張ろう、というなほちゃんの強さに。

そんななほちゃんに惹かれていくのに、すぐその気持ちを否定してしまう向坂さんの弱さに。

どちらも分かるけれど、できればなほちゃんが勝ってほしい。

祈りつつ読み進めますが、まぁいろいろな苦難がふたりを待ち受けます。

少しずつ前を向いていく向坂さんと、時に立ち止まってしまうなほちゃん。

ふたりの選ぶ結末を、ドキドキしながら読んでみてください。

途中から扉に登場する、ふたりとリンクした虎と子猫の物語も可愛く切なくて良い味を出していますよ。

(全10巻)

推薦者
中村文

Nakamura aya

ギャラリーカフェオーナー

大磯のギャラリーカフェ「At GALLERY N’CAFE」オーナー。画家・イラストレーターのたかしまてつをアシスタント、DTPデザイナーなどもやってます。幻冬舎プラスで連載していた、お店をオープンするまでの連載が電子書籍『お店、はじめました。~40歳未経験のカフェオープン~』になりました。