〜家に“住む人”も,“棲むモノ”も,生きとし生けるものすべて心穏やかになれるリフォーム提案します〜
「霊感工務店リペア」(怪の巻) |
舞台となるのは,東京下町にある上総(かずさ)工務店。新築,増改築,リフォームを請け負う至って普通……なはずの工務店です。
上総工務店のリフォーム担当建築士,駒子。
宮大工だった職人気質の祖父・上総太郎とともに上総工務店を盛り立てている(因みに,駒子の父・一郎は太郎に逆らって警察官になった)。
駒子は明るくポジティブな性格だが,“よからぬモノ”が“視え”、さらに“憑かれ”やすいのがたまにキズ。
駒子の朝は,住み込み大工の丹波玄六(げんろく)が“よからぬモノ”を祓うことから始まる。神主家系の玄六は中学生のころに火事で両親を亡くして以来,上総家で駒子たちと暮らし,花の台神社の神職も務めている。
“視える”けど祓えない駒子と,視えないけど“祓える”玄六のいる上総工務店には,“よからぬ依頼”が舞い込んできます。
部屋中の戸が勝手に開いてしまうアパートの一室,
プレーリードッグの生霊(?!)の起こす騒音に悩まされる路上詩人,
お祖父ちゃんの家のトイレにいる“カワヤカミ”を恐れる少年,
拭いても吹いても朝になるとシミが現れる古い木造一軒家,
玄六が地鎮祭を執り行うが土地神様が帰ってくれない……。
ですが,これらの元となる“物の怪”を駒子の霊能力でバッタバッタと退治する……といった華華々しい活躍とは全くもって無縁なのが本作です。
駒子は“視え”ますが,“祓う”ことはできませんし,玄六も神職として“祓い”はできますが,超能力のようなものが備わっているわけではありません。
駒子は,“視えるモノ”に,ただ,ただ,ひたすら寄り添い,想いを聴きます。その上で,建築士としての知恵を絞り,図面を引き,棟梁や玄六とともに,すべてのモノが心安らかに末永く暮らせる家にしていきます。
そう,ここが本作の卓越したところであり,“よからぬモノ”と俗世との関わりを描いているにもかかわらず説得力のあるところなのです。
そんな駒子の仕事ぶりを気に入ったのが「家守(やもり)」の物の怪,主(ぬし)ちゃん。
お稚児さんの様な愛らしい姿をしているけど,駒子の何倍も生きてきた主ちゃんは,物の怪とはいえ,神様成分が強く(?),駒子に色々とアドバイスをしてくれます。
やがて駒子は玄六と結婚し,2人の間にできた息子の玄太も“視え”ますが,あちらの世界に引き込まれそうになることもあったり,新しい弟子の辰治が入門したりと,上総工務店をめぐる時間の流れも描かれています。
土地,家を形作る自然と共に仕事をしてきた棟梁の言葉には,時折ハッとさせられます。
筆者がお気に入りのシーンをひとつご紹介しましょう。
弟子の辰治が,ひょんなことから自力で小さな祠を立てることになり,何とか苦労して完成させ,引き渡しました。
お施主さんは褒めてくださるのですが,辰治は「無理に誉めなくてもいいです。全然だめだと分っていますから」と謙遜します。すると,棟梁は「お前はそんな不出来な家をお施主さんに渡すのか」と辰治を静かに諌めた後に続けます。
神様は長生きでらっしゃる 死なねぇのかもしれねぇな
けど俺ら人間は違うからよ
謙遜してるヒマも 遠慮してるヒマも 怖じ気づいているヒマもねぇ
オレはもうそういう年だってことを忘れんな
オレはお前に ちゃんと教えた 全部教えた これからも教える
全部 渡してる 全部 持たせてる
そのお前がしっかり建てたんだ 胸はれ! 辰治!
『霊感工務店リペア』訶の巻p23より
世にある(居る)すべてに,感謝したくなる気持ちにしてくれる本作,“よからぬモノ”がちょっぴり怖くなくなったような気がします。
本作の難点?は,コミックスに巻数表記が無く,どういった順序で読みゃあいいのか一瞬迷うところです(笑)。
目下,「怪の巻」「妖の巻」「異の巻」「驚の巻」「玄の巻」「幽の巻」「烈の巻」「天の巻」「奇の巻」「議の巻」「思の巻」「不の巻」「訶の巻」の順で13巻が既刊です。
なんとも脈絡のない漢字一文字が並んでいるように思えますが,よ〜く見ていただければ,お分かりかと。
そうです,おそらく次の巻は,「摩の巻」でしょう。
基本的に一話完結ですので,どの巻から読まれても楽しめます。
ただ,最初に「怪の巻」は読まれておいた方が,駒子一家の家族構成と人物像を把握できていいかも知れません。
あと,筆者の手元にある第1巻(怪の巻)は,趣向を凝らしたカバーデザインで,視えるような,視えないような幽霊が描かれていることも追記しておきます。
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。 |