「寿町美女御殿」山下 和美

寿町美女御殿icon

「寿町美女御殿 」(1)
山下 和美/クイーンズコミックス

没年102歳のレニ・リーフェンシュタールはダンサー,女優,映画監督,写真家として数々の名作を残した。
60歳から数年かけてアフリカ奥地に出向きヌバ族の写真集を出版したし,71歳の時には年齢を10歳以上ごまかしてスキューバのライセンスを取得して80代で水中カメラを駆使した美しい映像『WANDER UNDER WAATER』を撮った。

没年101歳の石井桃子は名だたる作家の数々と交流,太宰治をも魅了し,死の間際まで様々な翻訳・執筆活動を続けていた。
90代後半を過ぎてなお精力的に活動する彼女をみて弟子の女性が「先生はなぜそんなにいつもお元気なのですか?」と問うたら「さすがに92歳を過ぎたら疲れるようになったわよ。貴方も92歳を過ぎたら気をつけなさいね〜」と返したと言う。

彼女達には,持って生まれた美貌(お二人ともマジきれい!)だけでなく,知力,精神力,感性,2つの大戦を生き抜いた生命力,そして運命に立ち向かう強を感じます(レニ・リーフェンシュタールはナチのプロパガンダに加担したとして今もなお批判の対象だ)。

ただ,桃子先生もレニ姉さんも100歳超で天寿を全うしたとされますが(本人達はまだまだ生きたかったと思うけど),こんなパワフルで美しいマダムがなおも現役バリバリで恋に仕事に遊びにと人生を謳歌し,しかもそれが家族や同居人であったならどうでしょうか?

そりゃあ毎日刺激的で面白いかも知れませんが,そのパワーに巻き込まれる人間はたまったもんじゃないはず。
与謝野晶子も岡本かの子も林芙美子も,残された作品のスゴさに比例して家族知人友人,ひどい目にあった人数知れず……だったそうです。

『寿町美女御殿』の主人公・早乙女エリザベスはまさにそんなパワフルで美しく,ゴージャスなマダムです。
イギリス王位継承権16位の由緒正しき血筋を引き,1日1,000万円使っても100年かかるほどの莫大な資産を有する彼女が住まうのは,寿町にある古く広い木造の日本家屋……の地下室。

エリザベスの夫,息子,孫息子,曾孫息子は全て他界ないしは行方不明。日本家屋に住むのは嫁のミドリ(おむつを付けた徘徊老人で,たまに3分だけ正気に戻り才覚を見せる),孫息子の嫁テイ(一家を取り仕切るしっかり者),曾孫息子の後妻の咲子(占いに凝っているお調子者),そして玄孫(やしゃご)の優子と玲,と女ばかり。
そんな女ばかりの一家に,厄払いのため(咲子の占いの結果),貧乏大学生の菅平君(田舎出の人の良い小心者),東大留学生の海老原君(実は故国の財政難を救うためエリザベスの財産をねらうスパイ),と2人の若者が下宿人としてやって来ます。

他方,エリザベスはハイテクを駆使した広大なスペースを持つ地下室に住み,イーサンやボンドさながらの知性と身体能力を備えたイケメン執事のエディを従え,時には世界各国の要人を招いたパーティーが繰り広げ,時には地上に住む面々の生活をモニターで盗み見ては暇つぶしをする日々。

ある日,「5人の中で一番素敵な恋をした人」に財産のすべてを譲るとエリザベスが宣言したから大変。
認知症のミドリまでが突然色めき立ち,全員がなんとか恋愛の機会を掴まんと奔走し始めます。

そんな超面白い人物設定の中,老人介護,嫁姑の確執,夫の浮気,いじめ,歴史教育のあり方,世襲制のイカれた元首率いる小国のミサイル発射事件(連載から十数年経った今,現実化しているからスゴい!)に至るまで様々な問題をエリザベスがその知性と迫力でバッタバッタと切り倒して行ってくれます。
 かと思いきや,モテモテのエリザベスが長年の片思いの末に失恋して涙する姿,蕁麻疹が出るほど嫌いな犬のために奔走する姿,いがみ合っているはずの嫁達にふと見せる家族愛,5人の女子+下宿人2人だけでなく,エリザベスと出会う人全てが彼女の見事な生き様に圧倒され魅了されて行きます。
そう,本当に彼女は超・超・超カッコいいのです。

 
― 私が許せないのは……掛け替えのないこの地球上の残り少ない宝石たちでこんな悪趣味なものを作ることさ。
 私はね,虚栄心は嫌いじゃないけど趣味の悪い金持ちだけは許せないのよ!!
(海老原君の故国の元首がエリザベスの気を引くために送ったプレゼントは宝石を駆使した何億もする絵画と人形でした。それを前に語るエリザベス)

— 他人の言葉で傷つく傷つかないなんて所詮他人には分かんないのよ。
どう受け止めてどう乗り越えるかでその人の度量が決まるの。傷ついた〜〜って騒ぐ奴は所詮そこまでの輩。心の持ちよう!! もっと強くおなりなさい
(学校でハブかれた小学生の玲に向かって言い放つエリザベス)

— もっと人間に興味をもちなさいよー!! 先生が学生に興味持ってないんじゃ先生の資格なんかないわよ。いいこと?歴史なんてスキャンダルの積み重ね……
(菅平くんの大学の講義に潜り込んだエリザベス。ニコライ2世につて学生を小馬鹿にしながらやっつけ仕事のように講義する教授に向かって,ニコライ2世やアリックスの話をしつつ……100年以上も生きているエリザベスは,歴史上の人物と親戚だったり,友人だったりですからね)

こんな風に彼女の生き様や人生観が垣間みられるシーンが盛りだくさんです。

最後に圧巻なのは,コミックス第4巻で明らかになるエリザベスの秘話。
なぜ彼女がイギリス王室皇位継承権16位の地位も祖国の家族も投げ打って寿町までやって来てたのか(彼女が日本に上陸した日は関東大震災の翌日です),なぜイギリス人の彼女が戦中戦後の日本に居続けたのか? そして,どうやって莫大な資産を築き上げたのか?
若き日のエリザベスの情熱と冷静さ,潔さ,そして逞しさを知ることができます。

やっぱカッコいい102歳は,102年の積み重ねの上にあるのだなぁ。まだまだ彼女の半分も生きてない自分もがんばろっと,元気にさせてくれた秀作です。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。