「昭和ファンファーレ」リカチ

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「昭和ファンファーレ」(1)
リカチ/講談社

昭和初期に生まれた,天性の歌声で人々を魅了した小夜子の半生を描いた物語です。

昭和初期に……と言う言葉を聞くと,なんか胸がザワザワするのは筆者だけでしょうか。

やがて彼女が成長し,若く美しい時代を迎えても,二度の大戦に巻き込まれ,家,家族,愛する人を失ってしまうかも……と将来の不安を感じざるを得ないからです。

まあ,そんな時代背景があるからこそ,この時代を生きた人物の小説や漫画はドラマチックに物語は展開して行くのですけども。

ちなみに映画・ドラマとなると,勇気のいる時代です。

セット諸々にお金がかかるので。そう言う意味では,小説・漫画はすこぶる自由度の高い表現手段だなぁと(もちろん,作家はリサーチ等,並々ならぬ苦労をさていることは承知の上です)。

他方で,この時代は,映画がサイレントからトーキーへと変わってゆく過渡期でもあり,日本映画が黄金期へと上昇して行く頃です。

そう,映画というのは音の出ない動画を見るのが当たり前だった時代,音が流れる映画は,トーキー映画と称されていたのです。

役者の声も音楽も,効果音も当たり前の今の時代,“トーキー”って言われても,なんか,ピンときませんよね。

おっと,話を作品に戻しましょう。

主人公の小夜子は,家業が寿司屋なので,さして貧しくはないのですが,家族構成が複雑です。

小夜子の優しく美しい母は,幼かった小夜子を連れて今の義父の元へ嫁ぎました。

義父にはすでに娘二人と息子一人がいたので,小夜子には義理の姉が二人と兄が一人。

さらに,母と義父との間に生まれた幼い妹がいます。

大所帯ですね。

そして,後に判明することですが,その母も実は実の母でなく,母がかつて大部屋女優をしていた頃の同僚女優が小夜子の実の母だったのです。

なんで,こんなに複雑にしたの???と思えるほどの家族構成なのですが,昔の少女漫画にありがちな,義父や義理の兄弟に理不尽な虐待を受ける,なんてことはありません。

義父は厳しい人ではありますが,彼なりに小夜子のことを愛してくれています。

ですが,勉強のできない小夜子の一家での役割は,家業の手伝いや子守です。

どんなことがあっても超ポジティブで,子どもながらに商才に長けた小夜子は,いつか家を買って,優しい母と千代子の三人で生活しようと,お金への執着は半端ありません。

そんな小夜子の楽しみが,歌を歌うこと。

ふとしたきっかけで観たトーキー映画に魅了され,いつか銀幕のスタートになる事を夢見ます。

もちろん,お金が稼げることも小夜子には強い動機となります(笑)。

ここで,「え?女優なの?歌手じゃないの?」と思われるかもしれませんが,トーキー映画の黎明期というのは,歌声を映画の映像と同時に聞かせるのが一つのウリで(無声映画ではできなかったミュージカルが全盛となります),歌が上手い,というのが銀幕デビューの重要な要素だったのです。

しかし!

なんと,優しいはずの母が突然,小夜子たちを置いて出奔してしまいます。

そんなことも重なって,小夜子は実の父,育ててくれた優しい母……,そんな人たちにいつか会えるためにと,日本中の人が観る映画で歌いたいとますます強く願います。

FacebookもTwitter,Instagramも,YouTubeもない時代(テレビもまだありません:NHK放送開始が1953年),どこにいるかも分からぬ人に,自分の事を気づいてもらうには「映画」が唯一無二の手段と言える時代だったわけです。

ここでまた脱線しますが,昭和元年は1926年。ブルースの女王・淡谷のり子は1907年生まれで小夜子の親世代の大先輩,“東京ブギウギ”で一世を風靡した笠置シヅ子は1914年生まれで,これまた小夜子の先輩世代,昭和の歌姫と言われた美空ひばりは1937年生まれで小夜子より後輩世代。

美空ひばりは戦後“東京ブギウギ”を歌って,“ベビー笠置”と喝采を受けました。

というわけで,小夜子はなんとかデビューを目指すのですが,なんのツテもコネもない小夜子,河原や街中で歌ったり,撮影所になんとか潜り込んで(セキュリティーなんて無い時代ですから),猛烈に自分を売り込んだりと,はちゃめちゃやっているうちに,様々な出逢いがあり,少しずつデビューのきっかけを掴んで生きます。

神童ピアニスト・浅見,親も家もなく行き所の無い子ども達の面倒をみるチンピラまがいの天良(たから)。

浅見は幼いながらも既にピアニストとして活躍しています。

母親は大物女優で(当然,お金持ちです)新人発掘にも余念がありません。

天良は,持って生まれたスター性を買われて,あっという間に銀幕のスターとなります。

浅見と天良,どちらも小夜子のひたむきさと無鉄砲ぶりに惹かれ,成長するにつれ,二人の間で小夜子の心も揺れるようになります。

もちろん! 北島マヤVS姫川亜弓,岡ひろみVS竜崎麗香(お蝶夫人)よろしく(例えが古くてスミマセン^^;),少女漫画のお約束ごと・永遠のライバル,月子との出逢いもあります。

ただ,姫川亜弓やお蝶夫人とは違って,月子は極貧・不幸な生い立ちで,ハングリーさにかけては小夜子の比ではありません。

このあたり,これまでの少女漫画なら,月子のような少女が主人公だったかもしれませんが,そこは女性漫画誌としての新しさと言えます。

やがて,日本が大きな大きな犠牲を払った第二次大戦に突入します。

映画の世界も戦意高揚の内容が主となり,小夜子達が歌えるも軍歌となり,浅見や天良も徴兵され,芸術の世界にとって暗く重い時代となってきますが,歌こそが,人々の心を癒します。

そんな中,小夜子はどう生き抜いき,歌い続けていくのか……。

今時,ある意味で珍しい(?)正統派少女漫画ともいえる本作『昭和ファンファーレ』。

昭和の時代の流れとうねりを感じつつ,小夜子の一代ロマン,お試しあれ。

(2019年10月15日現在、7巻まで発売中)

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。