「金魚妻」黒澤R

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「金魚妻」
黒澤R/集英社

お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが,またもやグランドジャンプシリーズ(グランドジャンプ本誌,グランドジャンプめちゃ,グランドジャンプむちゃ)連載作品からのレコメンドでございます。

因みに,グランドジャンプシリーズ(と,勝手に呼ばせていただいています。スミマセン)の三誌ですが,グランドジャンプが隔週刊,グランドジャンプむちゃが偶数月およびグランドジャンプめちゃが奇数月の隔月刊で,どうもグランドジャンプの増刊あつかいらしい……と結構ややこしいのですが,グランドジャンプむちゃが王道路線,グランドジャンプめちゃがセクシー路線と棲み分けをしているようです。

今回ご紹介するのは,『金魚妻』。

単行本は一冊あたり4話の短編で構成されています。

そのどれもが,金魚妻,出前妻,弁当妻,見舞妻,頭痛妻,芳香妻,園芸妻……と,『○○妻』と題されています。 そうです,“人妻”が主人公の不倫ものです。

掲載紙はグランドジャンプめちゃ(前述のようにセクシー路線),もちろん,お約束のエロいシーンもたっぷり描かれています。

表紙にある「妻はなぜ,一線を超えたのか?」のキャッチを見ると,ややゴシップめいたものも感じそうです。 ですが,サイトのレビューや日販の紹介文を見ると,女性ファン多数。しかも作者の黒澤R先生は双子の姉妹ちゃん子育て中のママさんです。 各話の主人公の人妻である彼女たちはそれぞれに家庭に対して何らかの違和感を抱えています。

ですが,決して激しい憎悪や悲嘆,絶望などを抱くことはありません。

はたから見れば何の不自由も内容に見える家庭を持つ彼女たちが,ふとしたきっかけで夫以外の男性に惹かれてしまう,淋しさ,切なさ,若干の諦め,だけど強かに生きる彼女たちの生き様の断片が繊細かつ丁寧に,しかも淡々と描かれています。

そんなところにリアリティが感じられますし,確たるデッサン力に裏付けられた(羽海野先生のアシスタントとして手腕を発揮されたことは知るひとぞ知るお話ですね)美しい絵柄,文学的な知性が見え隠れする台詞も女性ファンを惹きつけて止まないところではないでしょうか。

金魚を飼いたいとう,そんなささやかな望みさえも夫に否定される若い専業主婦の心の変化が,岡本かの子の『金魚繚乱』の一節を交えながら描かれる,シリーズ名と同じタイトル『金魚妻』。

東京の大学を卒業してすぐに養蜂農家のバツイチ子持ち男に嫁ぎ,子沢山となり一家を切り盛りする彼女が村の婆さん達に守られる秘密と女たちの強かさを描く『養蜂妻』。

着物を着るために金の稼げる男の妻となった女と出入りの呉服商,そしてその兄との過去を,三島由紀夫さながらに見事な着物の描写をしつつ描いた『着物妻』。

どの作品も,谷崎や川端の作品を思わせる耽美さとエロスをそこはかとなく感じるのは筆者だけではないと思います。

青年誌掲載にもかかわらず女性に人気の高い純文学の匂い漂う名作,お試しを。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。