映画「ふたりごっこ」監督:冨樫 森/原案・脚本:窪田信介

――わたしね,死んでるみたいに生きてた。あの子が変えてくれたの――

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(C)『ふたりごっこ』TOGASHI PRODUCTION

「ふたりごっこ」
監督:冨樫 森(『ごめん』『鉄人28号』『天使の卵』『あの空をおぼえてる』『鉄人28号』『おしん』)

原案・脚本:窪田信介
キャスト:久保寺淳 成海花音 吉沢 悠 
撮影:鈴木周一郎
照明:斉藤徹 
録音:出口藍子 
音楽:大友良英 
2023年製作/83分/シネマスコープ / 日本語
(C)TOGASHI PRODUCTION

地方都市の美術館で優秀なキュレーターとして勤務するあかり。

数年前,自らの不注意で我が子をこの世に送り出すことができなかった罪の意識に苛まれ続け,頑なに人との関わりを避ける日々はどこまでも孤独だ。

それでも,父が残した家で四季の変化を受け取りつつ,三度の食事をひとり丁寧に作り,必死にちゃんと生きている。

ある日,40年以上も音信不通だった母の死がきっかけとなって,野良猫のような17歳の少女・エミコがあかりの家に住み着くようになる。

幼い頃に親に捨てられ,仕事も住まいも失ったエミコは人の愛情を試すかのように,あかりに噛みつき,反抗する。

そんなエミコを持て余しながらも,あかりの作る食事は,いつしかふたり分となり,母娘「のように」暮らし始める。

しかし,あかりの心の底にわだかまったままの罪の意識は,とうとうエミコまでも深く傷つけることになり……

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40代後半のあかりは,企画力にも溢れ優秀なキュレーターとして活躍している。

美術館の同僚,あかりの元夫,親戚付き合いの中華屋親子,父が残してくれた一軒家と庭から見える景色……あかりを囲むものは全てが暖かい。

にもかかわらず,妊娠中の自分の軽率さから娘をこの世に送り出せなかった罪の意識に苛まれたままの彼女は頑なだ。

40年以上音信不通の母親の存在も頑なさに拍車をかけている。

心の底に深く強く沈殿した後悔と自責の念はいつまでも,あかりを訶み周りの人間のどんな優しさも届かない。

他方,エミコは全く縁も所縁も無い他人(あかり)の,ほんの一瞬の優しさ・温かさだけに惹かれ,東京からはるばる山形までやって来る。

猪突猛進なエミコの言動は,あかりにも,そして見る者にも理解に苦しむものかもしれない。
もちろん,あかりはジタバタする。

だが,山形の壮大な自然の中にポツンと建つ一軒家,どこまでも広がるような庭,広い空と美しい晩秋の風景は,あかりの戸惑いさえも大らかに包み込んでしまう。

そんな中で過ごす「ふたりごっこ」の時間に,あかりの心はほどけていく。

山形の自然を大きく取り込んだ引き画であかりの心の変化を,エミコに寄った画で彼女がぶつけてくる感情を,鈴木周一郎のカメラワークが見事に表現している。

本作は,とても静かな作品だ。

構成もとてもシンプルで,エンタテイメントとしての華やかさは殆どない。

でも,だからこそ,冨樫森監督が語る

「この作品のテーマである理不尽な不幸に見舞われた人間の自己回復の物語を、私は映画監督としてずっと考え続けて来ました。険しい道のりですが、他者との出会いと共生の中にしか、その先の希望は有り得ない」

そんなメッセージが観る者の心にダイレクトに伝わってくる。

人の心に寄り添う演出で評価の高い冨樫森監督のきめ細やかな演出は,本作でこそ,遺憾無く発揮されていると言っても過言ではない。

あかりを演じるのは米国・台湾での女優としてのキャリアを持つトライリンガル女優・久保寺淳。

心に傷を抱え孤高を保ったまま健気に生き抜くあかりを凛とした佇まいで見事に演じきっている。

天涯孤独で野良猫のように逞しくも繊細な少女エミコをみずみずしく演じるのは成海花音。
そして,20年ぶりの冨樫組参加の実力派・吉沢悠が,遠くからあかりを見守るあかりの元夫

菅野役に息を吹き込み,難しい役どころを魅力的に演じている。

濱口竜介氏(映画監督『ドライブ・マイ・カー』『寝ても覚めても』)からのコメントを最後にあげておこう。

冒頭から卓抜なショット連鎖に唸らされる。何の台詞もなしに「あかり」という一人の女性の孤独と覚悟が伝わる。

その締めくくりとなる遠くに見える街まで歩いてゆくタイトルバックのショットに、頑なさとスレスレの気高さが既に見える。

「ふたりごっこ」を織りなすもう一人の女性を示す方法も端的だ。

樹の下で栗の実を踏み、それをスマートフォンで撮る。たったそれだけのロングショットが彼女の真の性格を観客に伝える。

傷を抱えて孤独に生きる二人の女性は「ふたり」として在ることができるだろうか。それとも単に「ごっこ」に終わるのか。

しかしタイトルに込められた皮肉は、作家の真情を覆い隠せてはいない。

言葉を超えて人物を捉える冨樫森の眼差しは基本的に冷静だが、ときに衝動に駆られたように動き出す。

そして、この映画の本質的な魅力はそこに宿る熱のほうだろう(観客が一番視点を共有しやすいのは、離れた位置からあかりを心配し続ける吉沢悠ではないか)。

厳しいが、優しい映画。

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2023年12月14日より 横浜シネマノヴェチェントにて公開

シネマノヴェチェント 横浜市西区中央2-1-8 岩崎ビル2F

京浜急行電鉄本線「戸部駅」徒歩10分

相模鉄道線「西横浜駅」徒歩10分

https://cinema1900.wixsite.com/home

シネマノヴェチェント・オンラインチケットセンター

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画・演劇プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。