「低反発リビドー」高野雀

〜誰にでも言えない。でも譲れない。きっと「あるある」が見つかる滑稽で少し切ない30の性癖物語〜

低反発リビドー

「低反発リビドー」
高野雀/ノース・スターズ・ピクチャーズ

筆者の教え子に時期を異にして,強烈な制服フェチ女子が2人もいました。

彼女達の志望は断固として防衛省の事務職。

そう,『愛と青春の日々』よろしく,あの“制服”に強烈な執着があったのです。

しかも聞くところによると,自衛官の結婚式には新郎および参列者一同白の制服を着ると言う。

2人とも難関試験に合格し見事に志望職種に就職。

うち1人は『トップ・ガン』のケリー・マクギリスのごとく自衛官の教育係となり,見事ゴールイン(お相手がトム・クルーズばりかどうかはさておき)。

件の白い制服姿の面々に囲まれた写真付きの「結婚しました」葉書が届きましたとさ(あ,全員白の制服姿でした)。

性癖と言うのは,なかなか声高に宣言しにくい一方,頑固に譲れないほど根深いもので,押さえられると強烈なストレスになるし,それが故にかなりのエネルギー源になる。

と思います。

勉強でも楽器の練習でも,教え子達のように「動機が不純なほど結果が出る」筆者の持論であります。

(彼女達の口から「国防に生涯をかけたい」なんて崇高な言葉は一度も聞いた事がありませんでした。

もちろん,面接は別ですけど) 今回ご紹介する『低反発リビドー』は登場人物達がそれぞれの性癖について語る30の物語です。

ワンフロア6室の5階建て,バストイレ別,ベランダ付きで駅近で間取りも結構広め。

だけど畳部屋があって,エレベーターなしなので家賃は安めの古いアパート「コルダーハイツ」。

6部屋×5階=30室の住人がそれぞれの部屋の中で,恋人と,友人と,先輩と,家族と,親戚と……問わず語りに各人の「性癖」について語ります。

彼氏の浮気相手の先輩と性癖談義に花を咲かせてしまう女子。

夫のMっ気に気付くも妊活のためならとS女を心がける妻。

詰め襟姿目当てに高校生と付き合っている就活中の女子大生。

彼氏のゴスロリ女装趣味にドン引きしつつ程々に手伝う彼女。

永久脱毛した彼女の脇毛を拝むことがかなわず落胆する彼氏。

自分の料理で太らせた彼女の肉に包まれるのを切望する彼氏。

階段を駆け上がる宅配のお兄さんの汗と筋肉に欲情する女子。

足フェチの彼氏がくれた山のような靴に埋もれて暮らす彼女。

ストーリーの数は部屋数とぴったりと一致させられていて,見開き2ページの目次は圧巻の出来映えです。

「低反発リビドー」目次画像

「低反発リビドー」©高野雀著 発行所:ノース・スターズ・ピクチャーズ

定型から外れているのは,第1話と第30話のみ。

他は全て, “扉絵,1ページ4コマ×5ページ。最初の1コマだけ枠なし。

最終ページはコマが小さめ(でも1ページ4コマは死守)。

そして最後は必ず少し笑えるオチ出終わる。

確かに連載物は,規定のページ数など規格はあるものの,ここまでハードル上げることはないだろうに,というくらい徹底した枠組みは,古典落語や歌舞伎のごとく様式美を感じます。

軽妙でリズム感のある会話,シンプルな線できっちりとかき分けられた人物達,緻密で正確ながらも決してくどくなく書き込まれた背景や小物,1話わずか5ページのショートストーリーに登場人物の関係性や感情が驚くほど豊かに伝わって来ます。

著者の高野雀氏は同人誌で活躍されてきた方で,本作も当初はウェブ連載されていたものが単行本になったそうです。

「とにかく台詞の上手い人だなぁ」これが筆者の高野雀作品に対する第一印象です。

筆者の初・高野雀作品は『13月のゆうれい』でした。

ボーイッシュ女子と女装趣味男子の双子の姉弟と,弟の同居人男子との不思議な関係を中心に描かれる恋愛ドラマです。

前回紹介した『ヒメゴト〜19歳の制服〜』(峰波りょう著)もボーイッシュ女子,女装男子,美少女3人の人間模様を描いた作品でしたが,奇しくも時期を同じくし両作品に出逢ったのです。

基本的な人物設定が似てはいるのですが,『13月のゆうれい』の方が年齢設定も高く,19歳の頃のような精神と肉体のバランスに苦しむいびつさのようなものは皆無です。

仕事や結婚,社会の悪意など大人になったが故に向き合わざるを得ない現実的な事実も描かれています。

軽妙なタッチの絵柄とファッションセンス,テンポのいいセリフ。

タイトルのセンスや装丁デザインや各話の扉絵の趣味のよさも相まって,一瞬にしてファンになった筆者は高野作品を一気読み。

目下,フィール・ヤングで連載中の『世界は寒い』も,ふとしたきっかけで拳銃(本物)を手にした女子高生達が各人の憎い相手にその拳銃を使って復習を計画するという荒唐無稽(?)なお話ですが,ここでもJKたちのセリフの軽快さとリアルさにグイグイ引き込まれます。

なので,今回どの高野作品を紹介しようか若干迷ったのですが,やはり先に述べたある種の「様式美」のようなものが高野雀氏の真骨頂でもあるし,高野氏の才能のエッセンスが凝縮されたこの1冊を,先ずは高野作品入門書(?)として強烈にお奨めする次第です。

ぜひとも,あたかも上質の落語を楽しんだ後のような読後感をご堪能あれ。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。