〜私がおつかえしたいのは坊っちゃまだけ。その他の人は付属品だと考えております〜
「歌うたいの黒うさぎ」(1) 全10巻 |
ドラマチックな恋愛ドラマが,100キロ離れている2人が超高速で近づき,バァンとぶつかり,弾け,砕けるような感じだとすると,石井まゆみ先生の描く人間関係は,いわば1メートル未満の人と人の距離を,ほんの1センチ,時には数ミリ単位で寄ったり離れたりを丁寧に描かれるといったところでしょうか。
友情も,恋愛感情も,家族愛も,日々揺らいでいて,時には誤解や行き違いがあり,少し好きになったり,少し嫌いになったり,諦めたかと思えば,仕切り直したり……実際,微〜妙なものがある。
石井ワールドはいつも,そんなわずかな心の揺れを,絶対に明るく,カラッと描いてくださっています。
主人公の森永永森子(もりながえりこ)は,26歳にして定職なし。
既卒,26歳,自慢できるような職歴なし,人見知りで愛想なし……。
目下,メイドにしてはギリの年齢だが,無愛想な“ツンツン黒うさぎ”としてアキバのメイド喫茶で働くも,転職活動に余念がない。
そんな永理子が,ひょんな事から知る人ぞ知る大財閥,楡屋敷家のパーティーにメイドの“黒うさぎ”として招待される。
パーティーというのが,なんと,楡屋敷家の小学校入学前(4歳ぐらい)の1人息子のためのサプライズパーティーで,出張メイド喫茶を自宅で開催するという。
この,舞台となる楡屋敷(にれやしき)家が,古めかしくも美しい大邸宅で,イギリスにあった貴族の館をホテルにするつもりで移築したものです。
広大な森のようなお庭に囲まれた,その美しさ,広さたるや,「ホテルにするつもり」が物語っています。“Cliveden House(クリブデン・ハウス)”や“Great Fosters (グレート・フォスターズ)”あたりをイメージしていただければバッチリです(ググってみください)。
何十人もの,メイド,キッチンスタッフ,庭師……が24時間365日働き,本館の他に別館,敷地の中には,植木で作られた迷路や,シークレットガーデンまで(どんだけ広いんねん!),使用人しか出入りできないエリア,使用人が不用意に家人と合わぬよう地下道や裏道まであります。
クリスマスともなれば,数日前から業者が室内外の飾り付けをし,?百人規模の来客がリムジンで乗り付け(もちろん,駐車スペースあり),遠方からの招待客の宿泊施設もあり,人口雪まで降らせちゃいます。
そんなお屋敷に住む楡屋敷ファミリーは,たった2人。
世界各国に拠点を持つ,楡屋敷グループのトップにして,若きイケメン当主の楡屋敷数知(にれやしきかずとも)。
そして,一人息子の楡屋敷叶夢(にれやしきかなむ)坊っちゃまです。
海外出張ばかりで不在がちな父親の数知は,叶夢を愛しているものの,親子としての距離感を測りかねています(その理由はだんだんわかってきます)。
そして,この叶夢坊っちゃまは,体が弱いため,お屋敷の中で,使用人達にかしずかれながら,大切に大切に育てられています。
弱っちくて,ちびっこのくせに,こまっしゃくれたワガママで,メイド泣かせの小憎たらしい口ばかりきききます。
しかし,そんな叶夢坊っちゃまが,めずらしく,永森子を気に入ったことから,永森子は楡屋敷家で本物のメイドとして働くことになります。
叶夢坊っちゃまは,小生意気なガキたれにも関わらず,天津爛漫で素直,人の心を気遣う優しさもあり,は強〜烈にキュートです。
なので,父親の数知はもちろんのこと,長年楡屋敷の一切を取り仕切ってきた南場さん,家庭教師兼お守役の大学院生・紺谷充悟(こんやじゅうご)も,叶夢のことを最優先に考えて行動します。
ですが,大人だけに囲まれ,1日のほとんどを屋敷の中で過ごす叶夢はいつも不機嫌です。
そんな中に飛び込んだ永森子。
叶夢を子ども扱いせず,自然体に接し,素敵な言葉を綴ったおまじないの数々を繰り出してくれたり,梅シロップ,キャラメル,大根飴,お麩のフレンチトースト,パンプティング……
思いっきり手抜き(笑)のデザートを作ってくれる永森子は,おとぎ話に出てくる妖精(良い魔女?)のような不思議な人です。
おかげで,叶夢は見違えるほど明るくなっていきます。
他方,何事にも執着が無かったはずの永森子が,人生で初めて執着を持つようになったのが,“叶夢につかえる”ことなのです。
上昇志向のカケラも,欲もなく,ズボラで適当,よく言えば肩の力が抜けている。でも決して優柔普段な感じはなく,全くブレない。
聡明で,武道の達人。権力に媚びたり諂ったりはせず,礼儀ただしいかと思いきや,相手が誰でもズバズバ痛いことを言います。
そんな永森子に,楡屋敷家面々のみならず,数知のいとこで都内に5店のセレクトショップを持つスーパーセレブな高校生・宮ヶ瀬万及愛(みやがせまあの)にいたるまで,永森子の不思議な魅力に惹かれていきます。
さて,さて,永森子がいい加減で適当な割には,いざという時には頼りになる腕っ節と度胸は,いったいどうやって身についたのか?
強烈な個性の集まる永森子一家が後半で登場します。
そして,誰も何も永森子に語ろうとしない叶夢坊っちゃまの母親,つまり数知の妻は??
なぜ,楡屋敷家に不在なのか?
亡くなったのか,どこかで生きているのか?
そして,そして,永夢子が叶夢の母親,つまり,数知の妻となる話はあるのか?
通常であれば,この辺りの恋愛ドラマも気になるところではありますが,そこは石井ワールド!ひとひねりもふたひねりも違います。
超テキトーに生きてたはずの永森子が,叶夢坊っちゃまへの一途な愛を知ったことで,ちょっぴり成長する,ふわっと,ほわっと,楽しめる人間ドラマ。お試しを!
(全10巻)
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。 |