「恋のめまい愛の傷」一条ゆかり

「恋のめまい愛の傷」(1)
一条ゆかり/ヤングユーコミックスーChorus series

***** あらすじ *****

 仏文専攻の大学生、更紗は卒業旅行先のパリで出逢った高校生の琳と恋に堕ちる。更紗との恋愛にのめり込み、家出し高校を辞めてまで彼女と暮らそうとする琳。彼の母親からも別れを懇願され、更紗は身を切られる思いで琳のもとから姿を消す。

 それから3年、更紗は容姿・キャリア・優しさ・センスのどれをとっても申し分のない亮と婚約する。しかし、亮の弟はかつて愛しすぎるほど愛し合った琳だった。
 更紗に捨てられたと誤解し今も彼女を憎む琳、そんな琳をみて彼への愛が冷めきってはないことに気付き苦しむ更紗、更紗と琳の中を引き裂いたことへの自責の念を持つ亮と琳の母、琳と更紗の関係に気付くも知らないふりを通そうとする亮。そんな中で亮と更紗の結婚生活はスタートするが……。

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 上手いです。流石です。何がって,『恋のめまい愛の傷』というこのタイトルが正に神ってます。
 恋とは堕ちてしまうもの。堕ちた瞬間,めまいを感じるようなもの。そして愛を貫こうとすれば傷つかずにはいられない……と我々凡人ならばくどくど説明したくなるところを,たった8文字で表してしまうなんて。

 そう,本作品には美しいほどの“潔さ”があります。

 描かれているのは,「理性と煩悩のせめぎ合いに揺さぶられる女性の物語」,設定は「婚約者の弟はかつて恋仲を引き裂かれた人だった」ただそれだけです。
 理性で選ぶ男が兄の亮,煩悩で選ぶ男が弟の琳です。
 徹頭徹尾、“善い人”しか登場しません。これを物足りないと感じる方もおありでしょうが,誰かの悪意によって主人公の運命が翻弄される設定もバッサリ切り捨てられているのも本作の潔さの1つです。

 かといって,読み手に与える説得力があります。ポイントとしては以下の3点です。
・その1:愛情深い母親,能天気な父親,更紗の親友,琳のセックスフレンドであり理解者でもあるビジネスパートナー,更紗が勤めていた料亭の女将……更紗,琳,亮の三者を取り巻く“善い人たち”のキャラクターや三者に対する愛情が,丁寧に,丁寧にしかし決してくどくなく描かれている。 
・その2:強固なデッサン力に裏打ちされた耽美に描かれた登場人物(大学生の更紗が,高校生の琳とたちまち恋に堕ちるなんてビジュアルに説得力がなければなりません)。
・その3:各エピソードの組み合わせと言うか構成の巧みさ(映画だと「編集」と言いますが,マンガの世界ではどう表現するのかイマイチですみません)。

 本作品のコーラスでの連載開始が1994年。なんと、23年前です(本稿執筆は2017年)。
 まったくの古さを感じさせないというか,ようやく世間が一条ワールドに追いついたと言えるのかもしれません。

 最後に,これだけの濃密な作品なのにコミックスで2巻,文庫版で1冊というコンパクトさです。是非ご一読を。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

大学教授&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は大学で法学を教えつつ映画制作にも関わる。