「野ばら」雲田はるこ

「野ばら」
雲田はるこ/東京漫画社 マーブルコミックス

八雲はるこ氏と言えば,『昭和元禄 落語心中』があまりにも有名ですよね。
同作は第38回(14年)講談社漫画賞一般部門受賞、同文化庁メディア芸術祭マンガ部門受賞、第21回(16年)手塚治虫文化賞新生賞に選ばれ,OVA・TVアニメ第1期・第2期とアニメ化され,押しも押されぬ雲田氏の代表作です。

ここでも老齢の落語家や,ヤクザの親分など,ぞくぞくするような色気のあるオヤジを堪能させてくれます。
そして,落語に魅入られた男たちを中心とする群像劇を,戦前からバブル以降まで時空を行きつ戻りつするという複雑なプロットを描き切った10巻に及ぶ大作です。

今回ご紹介する短篇集『野ばら』はコミック総ページ数100ページ余りの短編集。「このBLがやばい!2011」にて3位にランキングした人気作です。

若くして両親を亡くして祖母と洋食屋を経営している梶原武は,従業員の神田さんのことが最近気になってしょうがない。神田さんは配偶者が家出してしまい,1人で苦労しながら子育てをしている。

ある日,神田さんの不在中に離婚届を渡しに店を訪れた配偶者から,子供を置いて出て行った原因が神田さんにあることを知らされる。
そんな神田さんに,どうしようもなく魅かれる梶原は気持ちを告白するが,拒絶される。

これまでの神田さんの態度から自分のことを好きなのではないかと思っていた梶原は途方にくれるが,諦めるわけにはいかず……。

と,ここまで書くと,バツイチ子持ちで少し影のある年上女に惹かれる生真面目な独身男の話しに思えるのですが,そこは雲田氏。一ひねりも二ひねりもあります。

そうです。神田さんは四十間際の中年男。
神田さんは自分がゲイである事実を隠して結婚したものの,理解してくれると勝手に勘違いして妻に告白したが受け入れて貰えなかった。

二度と人の人生を壊したくないと自分を責める神田さんは梶原を拒み,悩む。

他方,梶原はそんな神田さんの超ネガティヴな気持ちも,過去も,子供も,二人の生活も全てひっくるめて受止めようと食い下がる。

逃げるゲイと追いかけるノンケ。他のBLにはないひねりがここにあります。

「逃げるノンケを追いかけるゲイ」が圧倒的にみられるパターンではないですか。

もちろん,なんとなく昭和を匂わせるようなシンプルな絵柄で描かれている,神田さんに漂うそこはかとない「色気」は,ノンケなはずの梶原が惹かれてしまうことに十分な説得力を持たせています。

コミックで総ページ100ページ余りに「番外編」まで組み込んでの軽量サイズ。
タイトルの『野ばら』に込められた想いを受け止めに行く価値ありです。

野原に愛らしく咲くけど,摘みに行けば棘に刺されて痛い思いをする野ばら。
それが君だというなら棘ごと愛する。
それを君が欲しいというならいくらでも摘んでくる。

合わせて掲載されている『みみクンシリーズ』もこれまた雲田流のひねりの効いた小品です。
性同一性障害で女の子の体になるのを夢見るみみクン。憧れの王子様・薫チャンと相思相愛になりそうになるけれども,ゲイの薫チャンが好きなのは「男の子」。女の子になる夢と薫チャンへの恋心の狭間で悩む,みみクンの選択とは……。

更に『Lullaby of Bird land』も掲載されていて,『野ばら』お得感満載です。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は大学で法学を教えつつ映画制作にも関わる。

保存保存