「彼は花園で夢を見る」 よしながふみ

〜中世の遠い異国の地で,穏やかだけど孤独な男が,生涯で二度だけした本当の恋をめぐる物語〜

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「彼は花園で夢を見る」
よしながふみ/新書館

筆者がこれまで手掛けた映像作品には,フィクション,ノンフィクション,短編,長編……とバリエーションはあるのですが,時代劇とSFは経験がありません。

時代劇は時代考証が七面倒くさい,衣装も鬘も考えなきゃいけないし,SFに至ってはCGに金がかかるし,特に中途半端に昔の話(例えば60~70年代とか)は観客に実体験をした人が多くいるのでハードルが上がる。

更に,実写だと,時代を超えるのはともかくも,空間を超える,つまり異国を舞台にすると登場人物や言語の問題が加わってくるし……

ですが,これは単に筆者のイマジネーションが貧困なだけだったのです。

某有名映画監督が「時代劇って演出側の自由度が高くて面白いよ」と語っていたことがあります。

「役者はヘアメイクや衣装が限定されている分,こちらが自由にできるからね」が理由のひとつでした。

確かに,時代も空間も現実世界から離れれば離れるほど,創造性は膨らむ。おっと,待てよ。映画『テルマエロマエ』(2012年公開:武内英樹監督:東宝配給)に至っては,オール日本人キャストかつオール日本語で,古代ローマを舞台にした物語を表現したではないか!
とまあ,そんなわけで筆者は自分の了見の狭さを反省した次第です。

そして,よしながふみ氏といえば,詳細な史実と虚構を巧みに織り交ぜた見事な物語構成で大ヒットとなり,たびたび映画化された『大奥』があまりにも有名ですが,革命期のパリを舞台にした『ジェラールとジャック』,大学法学部を舞台にしたキャンパスラブ『1限目はやる気の民法』(慶応の学部・大学院で法学を学ばれた経験が如何なく発揮されています),現代社会で同棲するゲイカップルの食生活を描いたグルメマンガ『きのう何食べた?』(これも片割れが弁護士と言う設定)……と時空も分野も超えまくりで,手掛けてこられたジャンルは谷に類を見ないほどの果てしない広さです。

今回ご紹介する作品『彼は花園で夢を見る』は,中世の遠い異国の地が舞台です。

むかしむかし,東の国と西の国に大きな戦がありました。西の国との戦いで親を亡くした少年ファルハットは,通りかかった竪琴の名手サウドに拾われ,ファルハットはサウドを“お兄ちゃん”と慕い,二人きりの家族の彼らは音楽師として旅を続け,10年の月日が経ちました。
サウドは見事な竪琴を奏でながら美しい歌を歌うのですが,西の国の言葉は全く話せず,聡明なファルハットが通訳や雑用を一手に引き受けながら旅を続けていました。2人は西の国へ流れ,一帯を治める男爵と出逢います。男爵の屋敷は美しい花園に囲まれ,一人娘のアイーシャは美しく朗らかで,執事のフランソワは忠実で優しく,召使や領民からの人望もある男爵は穏やかに暮らしています。

しかし,彼はどこか果てしない孤独を抱えている乾いた瞳をしているのです。

物語はプロローグを含む5編の物語で構成され,ファルハットと男爵の生活が時の流れと共に描かれています。

なぜ,サウドはファルハットを拾ったのか?
男爵の城を囲む美しい花園と彼の孤独の要因となった,彼が生涯で二度だけした切ない恋とは?
ファルハットと男爵の娘アイーシャは言葉が全く通じないのに心を通わせるようになったのはなぜか?
男爵の絶望は救済されるのか?
家族を失ったファルハットは家族を持つことができるようになるのか?

わずか174ページ,コミックス一巻完結の中に驚くほど豊かに登場人物の感情や時の流れ,複雑な人間関係が,ややミステリー仕立てで見事に描かれています。

「稀有なストーリーテラー」としての,よしながふみ先生の手腕がギュッと凝縮された名作をご堪能あれ。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。