「昭和の男」入江喜和

〜頑固オヤジの真っ直ぐ(まっつぐ)でキョーレツなエネルギーこそが今の日本をまともにできる?〜

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「昭和の男」(1)
入江喜和/講談社
<全2巻>

入江先生の作品に出てくる男性は,愛情深いのだけど超マイペースといった傾向がありますが,今回ご紹介する主人公はその筆頭です。
「おっさん」が何かと話題になる昨今。今回は,おっさんを通り越して「じじい」,しかもオシャレでもスマートでもなんでもない爺さんが主人公です。

箕浦茂雄(みのうらしげお)。通称シゲじい。フローリンング全盛とはいえ畳屋店主。
東京下町でがっつり根を張り商いをしている昭和一桁生まれ(※本作が「モーニング」で連載されていたのは2004〜5年なので,連載当時は70代前半〜半ばの設定です)。
畳屋兼自宅の母屋で長年連れ添った妻の富子と2人暮らし……とはいえ,隣にあるアパートに住む一人娘の悦子,夫と息子(シゲじいの孫)が毎日出入りするので,ほぼサザエさん一家状態。

シゲじいは,「これぞ昭和一桁生まれ!」を地でいくような正統派頑固じじい。
短気で口うるさく,べらんめぇ調の声も大音量。今の世相への憤懣やる方なしで日本の将来を常に憂え,いつも怒ってて,流行や情報にまどわされるのが大嫌いの真っ直ぐ(まっつぐ)な人間。
妻を酷使し,娘には口やかましいけれど,孫(3歳)のりんたろうにはめっぽう甘いというか,デレデレ。
「男はおとこらしく。男としての生き様が大切」とりんたろうの教育方針でも何かと悦子と衝突します。

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入江喜和「昭和の男」(1)No.46/275 りんたろうが通う幼稚園の先生が「ゆっくり見守ってあげましょう」と語りかけるや,瞬時に激高するシゲじい。

妻の富子さんはシゲじいの小言を「いわしときゃいーのよ。そいで気がすむんでしょ。
あのジィさんの不機嫌と一日中(いちんちじゅう)つきあうよりリコウよ」(流石です)
とサラッとかわし,毎日糠床を混ぜてご飯を作り,布団干して,掃除して,洗濯して……昭和の立派なお母さんです。
だけど,ロマンにもオシャレにも美容にも縁がないまますぎる日々にはちょっぴり寂しさも感じています。
身近に(ほぼ同居)家事能力の高い母がいると,えてして娘はグータラになるものです。
娘の悦子はシゲじいとしょっ中衝突するものの,母の手料理に甘え,息子のりんたろうがシゲじいに懐いているのを良いことにグータラぶりに拍車がかかる一方,ロマンスを夢見るミーハーな人です。

シゲじいみたいな爺さん,妻や娘にとっては結構うっとおしい存在ですが,ご近所さんだと頼りになるし,中々面白い。
人情味があり芯のところでは徹底して人に優しく,ここぞという所での気遣いはきめ細かいし,人の縁を大切にするし,愛情深い(悪くいえばお節介)。

こんなシゲじいが,ご近所でも評判の「ロクデナシのへんちっちい」,二宮貴久(25才)と出逢います。
容姿にも恵まれ,バレエ教師の母親の指導の下,幼い頃からさして苦労せずにバレエの才能に恵まれたせいか,競争・挫折にとことん弱くバレエも中途半端なまま。
元ヨメは2人の娘と息子を残して出て行ったものの,子育てせず。
バレエ教室を経営する母に(このお母さんもダンナが女を作って出て行っています)孫二人の世話を任せっぱなし。
何事も長続きせず,25歳にもなって生活能力ほぼゼロで,持つのは若さと美貌とセクシーさだけ。
はっきり言って中身は空っぽだけど,どこか女性を魅きつけてしまうので,そんな貴久にイチコロになる女性宅を渡り歩く生活を続けています。

美意識と自尊心だけが異常に発達しただけで,
「ボクの官能的な野生美が生きてこない」
「カリスマにならなきゃ意味がない」
「ココロが燃えないとバレエなんてできない」
……と,芸術家きどりなことは宣うが,聞いている方は呆れる限り。
「努力」「責任」「頑張る」なんて言葉が嫌い(もしかしたら理解できない?)で,人の親切や思いやりにも響かない。
そう,はっきり言って,ムカつく野郎です。

作品を読んでいて,わっかりやすい意地悪とか憎悪ってのと違って,こう言った「本人無自覚な人をイラつかせるキャラ」を描くことのできる作家はすごいな〜といつも思います。

孫2人の子育てまで引き受けて女手一つでバレエ教室を経営する母親でさえ,貴久のことを諦めているにも関わらず,シゲじいは「一人前に稼いで責任感ある男になったら認めてやってくれ」と生来のお節介ぶりを発揮して,貴久を畳屋の住み込み弟子として引き受けてしまいます。

前述のように,浮世離れした貴久は,シゲじいがどんなに叱り飛ばそうが,こんこんと言って聞かせようが,ぶん殴ろうが,暖簾に腕押しで,まともな会話さえも成り立たない。
家族はもちろんのこと,読者も「あ〜シゲじい,やめときなよ」と止めたくなるのですが,シゲじいは貴久の母や,2人の子供達のためにもとことん頑張ります。そのエネルギーたるやあっぱれです。

流石に,このヘタレ・ロクデナシ・へんちっちいと三拍子揃った貴久の心を動かすことができるか……と思いきや,貴久が絶望的なことをヤラカシてくれます!

はてさて,シゲじい,彼を思いやる家族たち,貴久の母,どんなダメパパでも貴久を慕う2人の子供達,そして貴久自身に救いはあるのか?!

超内弁慶の泣き虫で女の子のお尻を追いかけ回しているスーパーおじいちゃん子のりんたろうと,シゲじいとの掛け合いも見応えがあります。
短編連作形式で読みやすくコミックス2巻にまとまった下町人情物語。是非お試しを〜

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。