〜親を知らぬ夫,りんごの村で育った妻。青森の大いなる自然。ほんわりしつつも不思議で少し怖い物語〜
「千年万年りんごの子」 (1)<全3巻> |
昭和23年,寒波が襲った厳冬の東京の朝。ある寺の境内に生後間も無く捨てられた男の子。
彼は雪之丞(ゆきのじょう)と名付けられ,寺の住職夫婦の惜しみない愛情に包まれながら育ち,大学進学までさせてもらう。
だが,捨て子であることは周知の事実であり,いつも笑顔の優等生を演じ,誰にも嫌われないよううまくやるんだと人生をやりすごしてきた。
—生まれて間もない僕は捨てられた。なぜだろう。
それだけで,こんなにも心許ない。
船を漕いでいる。
ずっとひとりあてもなくー
そんな雪之丞の大学卒業後間も無く,見合いの話が舞い込んだ。
見合いの相手は,青森からやって来たりんご農家の長女・朝日(あさひ)。
育った家を出て1日も早く自立したい雪之丞
りんご農家を継ぐために入り婿が欲しい朝日
互いの利害(?)が一致して,あっさり祝言と相成った。
りんご農家の後継ぎとして青森の地に婿入りし,よそ者であるがゆえの居心地の悪さも,嘘笑いでうまくかわそうとする雪之丞。
だが,くったくなく底抜けに明るい朝日,純朴でやさしい朝日の両親や義兄夫婦と子供達,同居の猫,村の人々。
昭和40年代の激動が嘘のような北の地で,静かに厳かにくりかえし兆す四季の中でりんごの世話をしていくうちに,親を知らない雪之丞のなかに温もりをもたらし,いつの間にか1人船を漕ぐ夢を見なくなる……。
ほんわりとしたキャラクター描写,繊細なタッチの自然描写は,りんごの村の空気,風,土や草や水の匂い,温度,湿度まで伝わってくるようで,大きなスクリーンでアニメを見ているかのような躍動感に溢れています。
と,ここまでコミックス全3巻のわずか40ページほどで一気に展開します。
ところが,ところが,この後,若き夫婦の生活は一変します。
大雪のある日,風邪をひいて寝込む朝日を置いて,雪之丞がりんごの出荷に出かけた帰り, 2月も半ばだというのに見事に結実している巨大なりんごの木を見つけます。
雪之丞は朝日のために,このりんごを持ち帰り,朝日に食べさせます。
ですが,このことを知った朝日の一家は凍りつきます。
—あれは,おぼすな様の木なの。なんぴともあのりんごをとってはならぬー
村には,60年前まで12年に一度,人身供儀(じんしんくぎ)があり,村中の家から1人,土地の神であるおぼすな様のりんごを食べた既婚の女は,おぼすな様の嫁となり,村から消えたという。
朝日がりんごを食べたことから,途絶えたはずの祭儀が蘇ったと,家族は恐れます。
雪之丞も最初は,「しょせん土着信仰」とは思うものの,翌日から朝日の体に変化が現れはじめ,彼女が神に差し出されることを信じざるを得なくなって来ます。
これまで,捨て子という出自から,感情を抑え,いろんなことを諦めてきた雪之丞ですが,「今回ばかりは諦められるか」と,朝日と離れ離れにならない方法を模索し始めます。
しかし,蘇った祭儀を恐れる村人は,ぴしゃりと戸を閉めたかのように雪之丞に昔の話をしようとしませんし,朝日一家も,はては朝日までもが雪之丞を拒絶しはじめます。
他方で60年前のことを知る村の長老たちは,粛々と祭儀の準備を進めていきます。
朝日と離れがたく,諦めきれない雪之丞は,抗おうとします。
「いやだ!そんなのご免だ!見返りなくただ生きる我々がなぜ奪われるんだ!!」
冬支度,剪定,接ぎ木・苗木作り,自家受粉,摘花と摘果,袋がけ,夏季準備,着色,収穫,冬支度……
りんご農家の日々は,1年365日休みなく続きます。
確かに,確かに,りんご村の人々は真摯にりんごを育てています。
でも,おぼすな様は,「見返りなくただ生きる我々から奪う」存在なのでしょうか。
最長老の総代は,叫ぶ雪之丞に言い放ちます。
—毎年兆す,芽・草・花・実。くりかえし,くりかえし。
その不思議,これこそが,大いなる神の所業だど気付いたんだ。
我々は贖いきれない,祝福の業火の中,生きておるのよー
さて,雪之丞と朝日の未来は?
救いは?
圧巻のラストの展開と絵力には,唸る方も号泣される方もそれぞれかと。
加えて雪之丞の幼い頃を描いた番外編,ぜひお試しを!
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。 |