山岸凉子「汐の声」

少なくとも私ははこれ以上怖い漫画は知りません。

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「汐の声」<全1巻>
山岸凉子/潮出版社

山岸凉子の代表作と言えば、「アラベスク」「日出処の天子」などを思い浮かべる人が多いかと思いますが、短編、中編にも名作が多く、中でもこの「汐の声」は山岸作品のみならず、少女漫画界でも「最恐」ではないか、と思います。
少なくとも私ははこれ以上怖い漫画は知りません。

怖い少女漫画の名作と言えば、多くの人にトラウマを与えた美内すずえの「白い影法師」もありますが、こちらは主人公は明朗な性格で助けてくれる仲間もいるし、幽霊の正体も割と早い段階でわかる。なので尾を引かないんですね。
だから読者は「ああ、怖かった」と安心して読み終えることができるんです。
だけど「汐の声」の後味ったら…。

物語は、「ユーレイ屋敷探訪」なる企画で、霊が出るという屋敷に雑誌やテレビのスタッフ、三人の霊能者がやってくるところから始まります。
主人公はその霊能者の中のひとり、サワ。
「霊感少女」としてテレビにも出演してる彼女だけど、本当は自分の能力に自信がない。
周りのスタッッフも他の霊能者も彼女を「インチキ」と陰口を叩いている。
しかし、「お前が頑張ってくれなきゃパパもママも日干しだよ」と彼女に頼って生きる両親のため「霊感少女」をやめるわけにはいかない…。
そんな八方塞がりの彼女に屋敷の霊がつけこみます…。

もちろん一番怖いのは屋敷の幽霊なのだけど、このサワの孤独が私にはとても怖かった。
そして彼女だけが霊を見続けるので誰も彼女を信じてくれない。
ただの「子供のヒステリー」として片付けられてしまう。そこも悔しくて悲しくて。

私事だけど、初めてこれを読んだのは10代後半の悩み多き年頃でした。
自分には何ができるだろう、私にも何かの才能や能力があるんだろうか?と不安な日々を過ごしていました。
そんな時、たったひとりで霊を見て怯え、なのに誰にも味方してもらえないサワに強い共感を覚えたものです。

この物語の肝は霊の「お前は、私だ」というセリフだと言われています。
サワの孤独や不安に共鳴し彼女にだけ姿を見せ、取り憑いた、と。
おそらく山岸凉子もそのテーマで描いたと思います。

だけど、当時自分のアイデンティティに不安を覚えていた私は別の見方をしました。

サワ本人も周りも彼女の能力に疑問を感じてる。
だけど、少なくともこの場で霊感を発揮してるのは彼女だけです。
これを私は「本当は能力があるのに認めてもらえない人の苦しみ」として読んでしまった。

そう友人に話したら
「違うでしょ。この霊が彼女にシンパシーを覚えたって話でしょ」と言われ、
ああ、自分は漫画を読み解く力もないのだ、とまた落ち込みました。
だけど、何度読んでも心に響くのは霊とサワの共鳴ではなく、サワの不安の方です。

ここで気付いたのは、もしかしたら、この物語はその時々の「読み手の弱みに付け込む」物語ではないか、と。

私は自分に自信のなかった。
その弱みにこの物語は深く入り込んだ。
ああ、そういえば「正しく」この物語を読んでいた友人は家庭が複雑だった。
彼女は「親に重くのしかかられる子供」というところに深く共鳴したのでしょう…。

初出が1982年という旧作ですが、読むだび新鮮な怖さと発見があります。
「自分は今、何に弱っているのか」を確認するためにも、節目節目で読み返していきたい、と思っております。

ちなみに、こちらの作品、シャーリィジャクスンの「山荘奇談」(現在「丘の屋敷」と改題して東京創元社より刊行されてます)からのインスパイアでは?とも言われています(山岸凉子がそう言ったわけではないですが)。
「家系怪談」の元祖とも言われるこちらもオススメですので、ぜひ!

推薦者 尾形未紀

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