「奇跡の翼」浜口奈津子

史上最年少金メダリストの少女の挫折と恋と,結婚!?……そして少女は成長してゆく

奇跡の翼icon

「奇跡の翼」(1)<全2巻>
浜口奈津子/小学館

1992年,バルセロナ五輪で14歳の岩崎恭子さんが競泳女子200m平泳ぎで金メダルに輝きました。

これは,2020年東京五輪(2021年ですが)スケートボード女子で西矢椛さんが金メダル獲得まで日本最年少記録でもありました。

大会前は全く注目外で,ご本人も「まさか自分が金メダルが取れるとは夢にも思わなかった」と後に語っています。

わずか14歳の少女が発した「今まで生きてきた中で一番幸せです」のフレーズは30年近く経った今も折に触れ,言及されるほど当時は物議を醸しました。

執拗なマスコミの攻勢,ストーカー行為,嫌がらせ電話……ネットが普及していないからこそ,当時は様々な声がダイレクトに届けられ,彼女を苦しめ記憶障害を起こすほどまでに追い詰められました。

2018年の不倫報道で岩崎さんの記憶を新たにした方もいらっしゃるのではないでしょうか(不倫しようがしまいが,どーでもいいことでだと思いますけどね)。

本作『奇跡の翼』が『別冊少女コミック』(小学館)で連載されたのが1999年8月号から2000年4月号までです。

14歳にしてオリンピック女子水泳で金メダルに輝いた歩夢(あゆむ)。日本中の注目を浴び,家の電話が一日中鳴り,騒ぎに耐えられなくなった両親は離婚。失意の中,膝の故障も相まって水泳界を引退。 オリンピックから3年後,歩夢がスポーツ枠で入学した高校から普通科高校へ転校してきた時から物語は始まります。

おそらく,岩崎恭子さんのエピソードにインスパイアされたことは想像に難くありませんよね。

ですが,そこはエンターテイメントの旗手,浜口奈津子先生。

展開が強烈かつスピーディです。 人間不信に陥り同級生にも心を閉ざしたままの歩夢は,同じ高校の水泳部で飛び込みのエース,翼(よく)と運命的な出逢いをします。

イケメン・高身長・タフで優しい翼(当然,男女問わず学園の人気者です)は,あっという間に歩夢の心に寄り添い,理解し,二人は惹かれ合うようになります。

いや〜,ここまで読むと「な〜んだ少女漫画の王道じゃん」と毒づきたくなるのですが……

なんと,歩夢は“人妻”です!!

夫は,水泳部のチームドクターでもあり,オリンピックの医師団メンバーで歩夢の14歳からの主治医である葛井(かさい)。歩夢より12歳上なのは高校生からしたらオジさん?でしょうが,これまた医師として優秀でクール・イケメン・高長身・恵まれた出自,とムカつくほどのハイスペックな男です。

ま,高校生の時に恋に堕ちた24歳年上の教師と念願かなって結婚した,どこかの国の大統領には及ばないかもしれませんが。

物語は歩夢,翼,葛井の三角関係に,葛井の愛人・美華子(げっ!愛人いるのかよ!)が絡むドラマへと展開していきます。

お〜い,水泳競技はどこ行ったんかい!とツッコミを入れたくなりつつも,翼のオリンピック挑戦がモチーフとして登場しますのでご安心?を。

翼も葛井も善良な人間で,当然,歩夢が2人の狭間で揺らぐところが本作の見どころではあるのですが,筆者としては葛井の存在に興味を惹かれます。

葛井はオリンピック後,心身ともに苦しんでいた歩夢を支え,彼女が16歳の時にプロポーズ,周りの強烈な反対を押し切って結婚しました。

結婚したことを世間に騒がれないように,歩夢の籍に入り,公表せず,歩夢の心の傷が癒えるまではプラトニックな関係でいるという徹底した愛情ぶりです。

とは言え,同僚医師の美香子(こちらも才色兼備!)と関係を持っているところは生臭いし,彼の若干いびつで不器用な愛情の抱き方が面白いのです。

歩夢に対する愛情は真摯なものではあるのですが,傷ついていた14歳の少女はいつまでも14歳の閉ざしたままの少女ではないのです。

この時代の1年は,色んな刺激を受け,精神的な変化が著しく,そしてエネルギーに溢れています。

ハイティーン達の変化とエネルギー,中年に差し掛かった人間の分別,タフさのコントラストを生々しい欲望も交えて,しかもさらっと描かれているところが秀逸なのです。

全2巻のコンパクトさが残念なほど,登場人物のキャラクターが鮮明で,もっと彼らの様子を見ていたいような気がします。

20年前の連載開始は,もしかしたら,早すぎたのかもしれません。

その意味で本作は全く色褪せず,逆に新しい物語とも言えます。

今,連載されていればどうだったか?と想像を膨らませながら読むのも一興かと。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。