「世界でいちばん優しい音楽」小沢真里

世界でいちばん優しい音楽があったからこそ,だれしもこの世に生を受け,幸せになれる

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「世界でいちばん優しい音楽」(1)<全8巻>
小沢真里/講談社

広告会社で一般事務として働くスウこと高原菫子22歳。

高卒でバリキャリなわけでもなく,どちらかというとなれないPCと格闘しながら働く彼女だが,華奢で美人,どこか育ちの良さを感じる佇まい。

当然,社の優良物件とされる男子たちは彼女に注目し,社内女子たちの嫉妬の対象となる。

毎日定時で退社し,飲み会やレクリエーションの誘いには頑として付き合わず,自分のことを語ろうとしない彼女にますます男子たちは興味をそそられ,女子たちの妬みは渦を巻く。

なんと,スウは4歳の娘のぞみと2人暮らしをするシングルマザー。

16歳の時に両親は事故で他界し,17歳の時に旧家の資産家の御曹司・稲垣皓(あきら)と恋に堕ちる。

18歳でのぞみを授かり,皓は両親の猛反対を押し切り,有名大学を中退して建設現場で働き始めたが,婚姻届を出す直前に現場の事故で死亡する。

それ以来,スウの両親が残した小さな一軒家でのぞみと2人ひっそりと暮らしている。

売れない画家だった父と貧乏生活を楽しみながら彼に寄り添って生きた母の元で育てられたスウ。

両親は駆け落ち同然で一緒になったため,親戚との縁は一切なく,スウの所為で息子が死んだとスウを責める皓の両親。

生い立ちからすれば,スウはたっぷり薄幸なはずだが,本人は全くそれを自覚せず,日々小さな幸せに感謝し,皓の遺影に毎日話しかけながら生活している。

と,ここまで読むと,親の残した一軒家で過ごすメルヘンな母と娘のほんわかスーリーとおもいきや……。

本作は,スウをめぐる様々な人間模様をそれぞれの視点で描き,良質な群像劇として仕上げられています。

資産家ではあるが,仕事に忙殺され愛人を持つ父と,勝気で若い男を漁る母の元で,聡明ながらも冷めた性格の皓。

皓はスウと出逢ったことで人を愛する尊さに気づかされる。

高校生で同棲・妊娠したことで退学になりそうになったスウを助け,就職先の世話をしてくれた恩師の川村先生。

同僚たちの口さがない誹謗中傷(時代ですね。未婚のシングルマザーというだけでとことんいじめの対象になる)に動じず,スウの親友となるモーリこと毛利貴子と恋人の西園寺。

社内一の才媛でバリキャリの海江田課長はいつもスウに厳しいが,実は彼女も小学生になる息子がいるシングルマザー。

誰にも内緒で出産した息子を母に預けたままだったが,スウの生き様に感銘し,息子と共に生活することを決心する。

戦争中に青春時代を過ごし,稲垣家に25年以上務めた家政婦の志津。

皓の亡き後,稲垣家を退職してスウ親子を実の娘・孫以上に甲斐甲斐しく世話をする。

彼女はスウの両親が若い頃を知る唯一の人物。

実家が経営破綻し,皓の父・稲垣巌の援助を受け,皓の家庭教師から巌の秘書となった豊上。

彼は皓の唯一の理解者でもあり,巌から頼まれスウとのぞみ(巌からすれば血の繋がった孫)の様子見をするうちに,スウに惹かれていく。

皓の父,稲垣巌はスウへの仕打ちを後悔し,和解する。

何よりも愛らしいのぞみにベタベタのおじいちゃんぶりを発揮するが,妻の蘭子は頑なにスウを敵視し,血の繋がったのぞみを引き取ろうとする。

これらの登場人物たち1人1人を各々の目線で,丁寧に,丁寧に,描きながら物語は紡がれて行きます。

スウの同僚で親友のモーリと西園寺の恋愛模様,

巌と蘭子(皓の両親)の関係修復,

戦争中に淡く散った志津さんの想い人との劇的な再会,

皓の父の秘書・豊上の生い立ちと皓との交流,

スウが産気づいたときにたまたまそばにいて病院に運んでくれた若きカップル,

スウの中学時代の初恋の人の人生,

海江田(スウの上司)と息子のすれ違いと家族としての復活,

のぞみの同級生の幼児虐待,

子ども達がいつも遊ぶ原っぱに立つ猫屋敷と野良猫たちの世話をする怖い(?)おばさん,

のぞみ目線からのスウや大人達の様子, スウと豊上の恋愛,

……

本当に,これでもかこれでもかというくらい,蒔いたタネをすこぶる丁寧に回収する手腕には脱帽以外なにものでもありません。

どれを取っても一つの作品として完結するほどの濃密さはお得感満載!

特筆すべきは,物語冒頭で死亡し,まったくリアルには登場しない皓の存在感が半端ないことです。

皓の死後,豊上の元に届いた皓からの手紙。

これ,号泣ものです。

そして,スウも良き母親ではあり,皓を忘れる日は1日としてありませんが,いかんせんまだ22歳(物語の時間経過で24歳となりますが)。

まだまだ,友人達と遊びたい盛りではあるし,なによりも恋愛もしたいと思うようになるところが,リアルでいてさらりと描かれているのも秀逸です。

かつて2度もテレビドラマ化されたのもうなずける構成ですが,やはり漫画で1楽章(本作は1話を1楽章とタイトルしています)ずつ読み進めていってこその感動です。

秋の夜長にじっくり読む漫画としてオススメの全8巻,是非お試しを。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。