「没イチ」きらたかし

人生で「必ず」起きるのに,一番悲しく切ない事件。残された者の気持ちの片付けだけが物語になる…

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「没イチ」(1)<全3巻>
きらたかし/講談社

映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年公開・濱口竜介監督)。
映画『永い言い訳』(2016年公開・西川美和監督)。
『ドライブ・マイ・カー』は日本史上初のアカデミー賞4部門ノミネートで今月末(2022年3月27日)の発表が待ち遠しいところだし,『永い言い訳』も脚本・監督の西川氏自身が執筆した原作が直木賞候補になったことも相俟った話題作です。

共通するのは,妻が急逝し,残された男が妻の生き様をたどるところで,決して明るい物語ではありません(身も蓋もない言い方ですが)。

人間,どんなに愛し合っていても通常はどちらかが残されるもの。

ただ,女性の平均寿命の方が長いせいか,女性が残されるパターンが多く,「未亡人」という言葉は女性を指し,男性を未亡人(かつての中国にあった夫が亡くなると妻は殉死すべきという慣習が語源だそうです)とは呼ぶことはありませんね。
しかも,未亡人,寡婦,後家,なんて言葉は死語になりつつありますし,晴れて(?)独り身となった女性が生き生きと生活する様が描かれるのがデフォルトのようです。

これに対して,男が一人残されると,かくも情けなく,侘しいものなのか……。
だからこそ物語になるっちゃなるのかもですが。

本作で,「バツイチ」ならぬ「没イチ」という言葉を初めて知りました。
離婚でなく,死別を経験された方を指す言葉です。

愛妻の愛(めぐみ)がと二人暮らしだった白鳥学(45歳)。
ある朝,彼女がベッド死んでいた。
ちなみに,同居人が突然死すると,救急車はもちろんのこと,事件性を疑って警察がやってきたり,何や彼やと大変です。

白鳥は失意の元,家事に悪戦苦闘しながら,はや半年。
悪友に騙されて,婚活パーティーに参加すれば,「奥さんが亡くなって半年で婚活なんて不謹慎」と嫌味を言われる始末。

ところが,そのパーティーで出逢った「没イチ」30代半ばの女子,百瀬美子の紹介で若者3人が暮らすシェアハウスに転居することに。個性豊かな若き同居人達との触れ合いが,妻の死後,感情が麻痺していた白鳥に変化をもたらす。

IT系の人材派遣会社に勤務する30代男子,ガールズバーで働く20代女子,レンタルDVDショップで働きながら脚本家を目指す20代女子,そして白鳥と同じ没イチ30代半ばの美子(よしこ)。

そんな同居人達のキャラを交えつつ,美子がいかにして夫の死を受け入れたか,白鳥が愛(めぐみ)のいない人生をどう歩んでいくのかが描かれて生きます。

「40半ばの中年おっさんが,シェアハウス?!」と設定に無理を感じられる向きもいらっしゃるかもしれませんが,そこは今どき,否,古典的なのですよ。

同居人のいる生活は,ある種のセイフティーネットの役割を果たします。

昔でいう長屋暮らしです。かつては横にしかつながっていなかった家屋が縦にもつながったのがマンションです。
壁一枚で隔てた集合住居を長屋と言わず,シェアハウスといえば小洒落てますが,同じです。

プライバシーは害されますが,同じ屋根の下に暮らせば,情も移ります。
落語のクマさん,八つぁんのよろしく,白鳥の同居人たちも少々おせっかいを焼いてくれたり,喧嘩したり。

やがて,彼も先ほどご紹介した映画作品同様,亡き妻の人生をたどり始めます。

生きていれば必ず出逢うだれかの死。
自分もパートナーも元気なうちは想像もしない出来事ですが,どんな原因の別れであれ,どうせ生きているなら幸せならねばです。

「没イチ」独身の人生の過ごし方をちょっと考えさせてくれる3巻完結の本作。
老若男女を問わず是非。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。