「ダーウィン事変」うめざわしゅん

テロ・命の選別……人が抱える問題に,人以外が人とともに向き合う新たなボーイミーツガール!

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「ダーウィン事変」(1)<既刊5巻>
うめざわしゅん/講談社

以前本サイトで紹介した『パンティストッキングのような空の下』,『ユートピアズ』『一匹と九十九匹と』『ピンキーは二度ベルを鳴らす』『えれほん』などなど…

人の心の深淵を描かせれば超絶読ませる,うめざわしゅん氏の最新作。

クジラやイルカの捕獲への抗議行動が過激さに拍車がかかって久しいが,本作はもはやテロ組織と化した「動物解放同盟(ALA)」と称する動物権利団体が,アメリカ・カルフォルニア州にある生物科学研究所を襲撃するシーンから始まる。

ALAが襲撃した際,保護されたメスのチンパンジーから生まれたのは,人間とチンパンジーの交雑種(ハイブリッド)である「ヒューマンジー」だった。


「ヒューマンジー」の遺伝的父親は失踪中の生物学者であること,彼はチャーリーと名付けられチンパンジー研究の権威である研究者夫婦に引きとられたこともマスコミに報じられた。

ある理由から,チャーリーは他者から隔絶された自宅で愛情深くそだてられて15年。

地元の高校入学の日から物語は始まる。

ひょんなきっかけで,頭脳明晰だが「陰キャ」と揶揄されるルーシーと出逢い,最初の友達になる。
15年の間に人々の記憶から消えつつあったチャーリーだが,容姿も運動能力も「ヒューマンジー」。

高校で最初はいじめにあったものの,やがて彼の魅力に気付いた同級生の人気者になり……てな狭い世界観にうめざわワールドが留まるはずがない。

ALA,アメリカ連邦議会議員,FBI,州警察,研究者……さまざまな人間たちの欲望渦巻く中,チャーリーはあれやこれやの危険な目に遭い,命を狙われ,周りの人間たちにも危険が及ぶが,人並外れた知能と身体能力(雑種強勢の影響?),そしてルーシーの機転で難をくぐり抜け続ける。

すこぶる頭の良いチャーリーはクールで合理的で,ティーンエイジャー特有の悶々とした姿が描かれない。

だが,ルーシーと過ごすうちに,「すき」が養父母に対する「すき」とは違うことに徐々に気づいていく。

筆者が圧倒的に感動したシーンをひとつご紹介しよう。

娘の身を案じるルーシーの母親が,チャーリーとその保護者に,「今後一切娘と関わらないで欲しい」と涙ながらに訴える。

それを聞いたチャーリーの保護者が「今後一切……」と言いかけた時,チャーリーはカード遊びをしながら口を開く。

ー確かに。この人の言うとおりだね。いまボクの周囲にいる人間は,ALAの標的になったり巻き添えになる危険性が高い。

ーよかった。わかってもらえ……

ーだからさ。

ルーシーにはその危険を引き受けてほしい。ルーシーと会えなくなるの嫌だから。

ー……!! ルーシーはどうなってもいいって言うの!?

ーぜんぜん違う。できるだけリスクは避けるし

ーWhat? コミックヒーローみたいにルーシーを守るってわけ?

ー守るっていうか,むしろボクがルーシーに助けて欲しいんだけど

ーそんなのそっちの一方的な都合でしょ?

ー(ルーシーに)そうなの?

ここでルーシーは,「チャーリーの傍にいる。自分の意思をないことにされるのって,ものすごく苦痛なの」と母親に宣言する。

「ひと」と「ひとにあらざるもの」とのボーダーといったシリアスなテーマを,うめざわ調の軽佻なタッチのコミカルさで描く話題作。

ティーンエイジャーの2人の成長と恋愛模様も楽しみなところ。

月刊誌アフタヌーンでの連載は2023年4月号以降,しばらくお休みですが,お話に追いつくチャンス!

今だからこそぜひ。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画・演劇プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。