「パリと私たち」イゼイ

旅は必ずしも人生をリセットするわけではない。でも,破壊もふくめ何かを創造するもの……。

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「パリと私たち」
イゼイ/LINE Digital Frontier

フランスでは6月27日以来,各地で暴動が起きているものの,9月のラグビーW杯,24年のパリオリンピックを控えていることも相まって,パリ行きの航空券は空席探しに難航する今日この頃。

日本国内を移動するだけでも命がけ(?)の時代に,かの松尾芭蕉も旅をすることで芸術的創造力を鼓舞したように,「旅」は何かを生み出す(破壊も新たな創造の準備と解釈して)ものなのでしょう。

距離を置いただけ。いつものことでまた連絡が来て仲直りできると思っていた彼氏の結婚の知らせを,友人から知らされ,ショックを受けた奈々美。

ボロボロになった心を癒すために当てもなく訪れたパリで出逢ったのは,料理人として独立するため視察旅行に来た祐一と,彼に付いて観光旅行に来た春香と翔平の3人組み。

祐一は職人気質で超マイペース。

子供のように自分の感情をストレートに出す春香。幼馴染の祐一に恋心を抱いているが,祐一は彼女を「妹みたいな存在」としか考えていない。

二人の共通の友人,翔平はひょうきんなムードメーカーだが,春香の祐一への気持ち・祐一の春香に対する態度を横目にしながら,自身は春香に思いを寄せている。

そんな3人とパリでの時間を過ごすようになった奈々美。

祐一と奈々美は互いに惹かれあって行くが,祐一の心の変化に気づいた春香は不機嫌になり,4人の関係性が微妙にギクシャクしていくが,あくまでも春香に寄り添う翔平……。

奈々美の元カレが新婚旅行でパリに滞在しており,結婚相手の女性とともに再会。奈々美が復讐のために自分を追ってパリまで来たと勘違いした元カレに暴力を振るわれるというちょっとした修羅場も盛り込みつつ,4人の関係性は収まるところに落ち着きます。

手酷い失恋に心を病み,仕事に支障をきたすまでになった女性が,兼ねてから憧れの土地であったパリへ一人旅をし,新たな出逢いによって再生する。

こう言ってしまえば身も蓋もないのですが,それでも毎回グイグイ惹かれるものがあるのは,4人+奈々美の元カレ,元カレの結婚相手の心情が描かれているからです。

音信不通の間に,別の女性と結婚するなんてひどい奴と責めたくはなるのですが,人の関係性は決して一方通行ではない。

奈々美にも安心や甘えがあったことも否定できない。

春香は確かにわがままで子供じみた態度を取るけど,彼女の鋭さは奈々美の弱さを指摘します。

同じシチュエーションを登場人物それぞれの視点で,時間軸を行きつ戻りつするような複雑なプロットにすることなく整理して描かれているため,各自の想いと美点・欠点が客観的かつすんなりと伝わってくるのが本作の見事なところです。

凱旋門,エッフェル塔,のみの市,オランジェリー美術館……お馴染みのパリの名所が4人各人の思い入れとともに紹介されますが,何よりも素晴らしいのがジヴェルニーのくだりです。
奈々美と祐一は,オランジェリー美術館修造のモネが最晩年に作成した「睡蓮」を見る前に,ジヴェルニーにあるモネの自邸に出かけます。

モネがその後半生をかけて『睡蓮』の連作に取り組んだ心情に,奈々美が想いを馳せるシーンは,それこそ現地へ出かける旅の醍醐味を存分に伝えてくれます。

ペタッとした陰影のない絵柄。

コマ割りによる劇的な演出もなし(縦読みマンガあるある?)。

パリの街の風景描写も決して感動的な画があるわけでもありません(失礼)。

それでも,パリの街並み・自然が訪れた人々の感性を揺るがし,時には癒し,時には勇気を与えることが存分に描かれているのは,イゼイ先生のパリ愛と芸術に対する深い造詣のなせるワザと思います。

LINEマンガ他で公開中。無料で読める話数も多いです。
https://manga.line.me/product/periodic?id=Z0001262

パリに限らず,本作を読んで旅に出てみませんか?

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画・演劇プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。