「いつかティファニーで朝食を」マキヒロチ

「いつか」の3文字で,東京で生活するアラサー女子の夢と現実を想像させるセンスに脱帽

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「いつかティファニーで朝食を」(1)<全14巻>
マキヒロチ/新潮社

表現したものを世にアピールする時,タイトル(ネーミング)はすこぶる重要だ。

俳句が世界一短い「文学(詩)」と言われるが,もしかしたらタイトル(ネーミング)こそが世界一短い「文学(詩)」かもしれない。

『いつかティファニーで朝食を』。

このタイトルを知ったあらゆる制作者は唸った(はずだ)。

見事すぎる。

かの有名なカポーティの小説,そしてヘップバーン主演映画『ティファニーで朝食を』に,たった3文字「い・つ・か」を加えただけで,作品へのイメージがこの上なくかつ具体的に広がった。

もちろん,『ティファニーで朝食を』というタイトルがあまりにも衝撃的であることが大前提なのだが。

ニューヨーク5thアヴェニューに鎮座する高級宝飾店。

他方で富裕層から貧困層まであらゆる階層が混在一体をなすマンハッタン。ヤクザな生活を送るブラックドレスのホリー・ゴライトリーが朝帰りの途中で『ティファニー』のショーウィンドーを見ながらクロワッサンとコーヒーを食べるシーンを演じるヘップバーン。

一度は尋ねてみたいと女子が憧れる都市としてパリと双璧をなすニューヨーク。

そう,「いつか」が接頭語に着く街なのだ。

群馬の高校で同級生だった東京で生活する4人のアラサー女子たち。

既婚・未婚,仕事も生活環境も違うようになったけど,ときおりおいしい朝食を出す店で集まりながら日々を過ごす。

恋愛も同棲もかつてのような夢見心地ばかりでもいられない。

結婚・専業主婦の将来に一抹の不安を感じ始める。

好きで初めた仕事とはいえ体を壊すほど働くことは善なのか。

若さと可愛さでちやほやされる生活にも限界が見えてくる。

親に全力で反抗してきた心にやんわりと後悔が押し寄せる。

遠くぼんやりと「いつか~」の先にあるものが「いつか」実現するものと漠然と信じていた日々。

だけど30歳を迎え,「いつか」は遠くなく,ぼんやりは雲散霧消し,何もしなければ「いつか~」の先には何もないことに彼女たちは気付き始め,新たなライフステージへと進もうとする……

マキヒロチ氏ほど,「等身大」という言葉がこれほど似合う作風の作家はいないのではないだろうか。

誰しも生きていれば,変化はある。

どんなに毎日同じことの繰り返しだと言ってみたところで,年も取るし,環境は否が応でも変化する。

本作と同様にドラマ化された「吉祥寺だけが住みたい街ですか」もそうだが,どこまでも(様々な登場人物たちの)日常を描きつつ,日々の流れの中での変化を絶妙に捉え,ビビッドに描き出す。

読者は,登場人物の悩みに「そうそう。あるある」と共感を覚えつつも,ハッピーエンドに癒される。

筆者も連載当時,夢中で読み進め,毎エピソードで紹介される朝食の名店を食べ歩いたものだが,改めて読み返すと妙に落ち着いて納得できるのは年のせいか。

現在1~3巻はKindle Unlimitedでも配信中。

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画・演劇プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。