「曖昧さ」をそのまま包み込み愛することの奇跡の物語
「海辺のオルランド」 |
第23回(2020年)文化庁メディア芸術祭新人賞受賞,第72回(2017年)ちばてつや大賞入選したイトイ圭氏のデビュー作。
フリーライターのイソベは、装画家の遺言により変なデザインのリゾートマンション(表紙絵)と孫のエフ(15歳)を託され,親代わりとして共に暮らすことになる。
――エフは不思議な子です。きっと君も気にいると思います――
エフの身体は日替わりで少年にも少女にもなる。
初めて会った時から,無心にイソベを恋い慕うエフはイソベに言う。
――ここにイソベがいてくれるなら,イソベの好きな方になる――
ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』とエフの存在を重ね合わせ戸惑うが,イソベは大人として,真摯にエフの親代りをはたそうとする。
そこへ地元出版社の編集者ウクが訪ねてくる。現代の沼正三とイソベを絶賛し,小説を描いて欲しいと粘り,イソベ達の家に日参するうちにエフと仲良くなる。
日本人でないウクは,自分の出自に悩み,日本社会での疎外感に一抹の寂しさを感じている。
「好き」が,性愛なのか,友情なのか,親子愛なのか,そんなことは御構いなく曖昧なまま,ひたすらにイソベに「好き」をぶつけるエフ。
その「好き」は,違う「好き」だと教えさとしたいが,うまく表現できず,エフを傷つけてしまうイソベ。
――好きに種類なんてあるの? だから,誰も自分を好きになってくれないの?――
そんなエフに寄り添い,エフのそのままを受け止めてくれるウク。
男か女か,日本人か外国人か,家族か家族でないか,友達か恋人か,人生の目標があるかないか……
いわゆる自己のアイデンティティを確立することが,いかほど重要なことなのか?と思わず疑問をもってしまう。
エフの体は生物学的にどうなっているのかとか,15歳の他人を引き取る法的手続きとか,エフの戸籍はどうなっているのかとか,学校は行かなくていいのかとか,中年男と15歳の少年(少女)が暮らすなんてキモいとか……そいうったツッコミをしたくなる衝動に駆られる向きもあるようだ。
だけど,これらの諸々の「曖昧さ」もひっくるめた上で,エフ,イソベ,ウクの3人の「曖昧さ」へのこの上ない愛おしさを感じさせてくれるのが,本作の「奇跡」だ。
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画・演劇プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。 |