お笑いやめますか?それとも人間やめますか?創り続けるも地獄,辞めるも地獄──
映画「笑いのカイブツ」 |
今年の正月は映画館で過ごそう。
突然そんな思いに駆られて正月は毎日映画館に通った。
年末に見た予告編トレーラーから滲み出る“熱”のようなものに惹かれて観たのが本作だ。
クーラーもない暑苦しい部屋で,パンツいっちょでひたすらネタを猛烈なスピードで書き続けるツチヤ(岡田天音)。狭いボロアパートの中,シングルマザーらしきおかん(片岡玲子)は男の出入りが頻繁ならしい。そんな日常から物語は始まる。
原作はツチヤタカユキ氏による同名私小説。テレビ番組『着信御礼! ケータイ大喜利』(NHK総合)にて最高位である「レジェンド」の称号を獲得し,ラジオ番組や雑誌へのネタ投稿で圧倒的な採用回数を誇り,“伝説のハガキ職人”と呼ばれた人物だ。
筆者は“伝説のハガキ職人”ツチヤ氏のことを全く知らず,なんの予備知識もなく見始めたので,番組に投稿していることや,レジェンド云々が最初は理解できなかった。
ただ,イっちゃってるとしか見えない形相でネタを書き続けるツチヤは,お笑いにのめり込んだ,否,お笑いの何某か(神様?悪魔?)に魅入られてしまっていることは理解できた。
映画はそんなツチヤ(岡田天音)の痛いほどに“笑い”に対して純粋で,激烈でもあり滑稽でもある生き様を爽やかな青春ドラマとして徹底的にエンターテイメントに昇華している。
ツチヤはお笑い以外,客を笑わす以外,いっさい興味がない。食べるために働く時間も惜しい。人間関係に注ぐエネルギーも惜しい。はっきり言って,強烈にめんどくさいヤツだ。
唯ひとりの家族・おかん(片岡玲子),全く異なるキャラなのにツチヤと意気投合するチンピラ(?)のピンク(菅田将暉),ツチヤの才能を見出して東京へと呼び寄せる人気芸人(仲野太賀),ツチヤに想いを寄せるミカコ(松本穂香)たちは,そんなめんどくさ~いツチヤを愛し,尊敬し,寄り添う。
原作は,時間軸が行きつ戻りつしつつ,内面の葛藤・憤り・絶望がこれでもかこれでもかと綴られ,ときにはおかん,恋人(だった人),大先輩のお笑い芸人への感謝のメッセージが熱く語られる。
そんな,ある種難しい原作を,日本アカデミー賞最優秀脚本賞など数々の賞に輝く足立紳(『百円の恋』),山口智之(『きばいやんせ! 私』)らとタッグを組んだ4人がかりで脚本化。
登場人物ひとりひとりの弱さとやりきれなさを丁寧に描いた演出,細部にまでこだわり抜かれキャラクターの内面が滲み出でるような鎌苅洋一(『花束みたいな恋をした』)のカメラワーク,ロケ地選定,衣装……何もかもがエネルギー溢れている。
とにかく,愛と情熱と勇気を感じる気持ちのいい映画だ。
心に問題を抱え,世間と上手く付き合えない。生き苦しさを感じつつも,やりたい事との葛藤に死ぬほどもがき苦しむ様をモチーフにした作品には,かつて大ヒットした『世界にひとつのプレイブック』(デビット・O・ラッセル)や,最近だと『夜明けのすべて』(三宅唱)がある。
いずれも「そういう心の病を抱えている」って説明がある。まぁ,心の中の問題だからそうせざるをえないっちゃ,えないのだけど。
しかし,滝本監督はそこをグッと堪えて,辛抱強く,ツチヤの挙動と彼の周りの人間のリアクションだけで心の問題の深さと苦しさを表現する。
ツチヤ役の岡山天音はじめ,役者達の演技が隅々まで素晴らしい。
岡山天音も,仲野太賀も,実人物の容貌に寄せたキャスティングなのかもしれないけど,見事にハマっていた。
片岡玲子さんは鉄板のスーパー俳優。役名が「おかん」って(笑)。ほんとにキャスティング最高だ。
後半,東京での失意の中,郷里の大阪にある居酒屋でピンクとミツコにツチヤが数年ぶりに再会するシーン。
ひたすら泣いてあばれるツチヤ。
東京での生活が如何に辛かったのか全てをピンク(菅田将暉)が察する。
菅田将暉が演じるピンクは下手な同情や慰めなんぞ微塵も出さない。ツチヤに対して魑魅魍魎の芸能界で生きることの厳しさと,才能に恵まれた尊さを語る。
役者の芝居と観客を信頼した演出には唸った。
長年助監督を務めてきた滝本憲吾監督の初の商業長編映画。
「満を持して」がこれほど相応しいデビューがあるだろうか。
助監督と監督は「助」の一文字だけで天と地ほども違う。助監督としては優秀だけど,監督するといまいちな人をどれだけ見てきたことか。どちらが上とか下ではない。役割と求められる能力が全く異なるからだ。
ツチヤの笑いに対する沸々とした憤りは滝本監督の積年の想いと重なるようだ。
創り続けることは大変だ。
だけど,どんな人も,どんな作品も,創るだけじゃ満足できない。
やっぱり,観てほしい。お客さんを笑わせたい,感動させたい……認められたい。
なのにツチヤは「人間関係不得意」過ぎて,受け止めてもらえるところにさえも辿り着けない。苦しい。
そんな慟哭がヒシヒシと伝わってきて痛い。
でも,創り出せる彼を周りの人間達は羨ましいと言うし,彼はやはりGiftedだと思うと救いがある。
ラスト近く,全てに絶望したツチヤの「笑い辞めるわ」と放つ台詞。
自分に置き換えて,「映画辞める」「役者辞める」と思ったら辛くなる。
だけど,辞めたくない,辞められない。
ツチヤの叫び・ピンクの台詞は,この映画に関わった人たち全ての想いを代弁しているかのようだ。
日本映画の未来を嘆く人も少なくないけど,素晴らしい才能がどんどん生まれてくるなと希望を感じさせられた正月だった。
2024年1月5日(金)より全国公開中
監督:滝本憲吾
原作:ツチヤタカユキ『笑いのカイブツ』(文藝春秋/2019年 文春文庫)
脚本:滝本憲吾,足立紳,山口智之,成宏基
キャスト:岡山天音,菅田将暉,片岡礼子,中野太賀,松本穂香, 他
撮影:鎌苅洋一
美術:安藤秀敏,菊地実幸
衣装:馬場恭子
編集:村上雅樹
音楽:村山☆潤
企画・制作・プロデュース:アニモプロデュース
配給:ショウゲート、アニモプロデュース
2023年製作/116分/G/日本
(C) 2023『笑いのカイブツ』製作委員会
公式サイト:https://sundae-films.com/warai-kaibutsu/
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画・演劇プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。 |