社会通念や倫理観なんて危ういものー破壊の先にある真の自由を求める愛と勇気と情熱の冒険物語
映画「哀れなるものたち」 |
今年最高の一作と,年始早々確信してしまったギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督の新作。
ヴィクトリア朝時代のロンドン。
自ら命を絶った不幸な若き女性が天才外科医バクスターの手によって奇跡的に蘇った。
肉体はそのままだが精神は生まれたばかり赤ん坊として。
彼女はベラと名付けられ,新たな人生をスタートさせる。
ベラの精神は徐々に成長して行き,やがて「世界を自分の目で見たい」という強い欲望に駆られて,放蕩者の弁護士ダンカンと共に旅に出る。
最初の逗留地・リスボンでは,その街並み・衣装・食事に狂喜乱舞するベラは急速に貪欲に世界を吸収する。
ベラを所有物として庇護し,衣・食・住,そして性までもコントロールしようとしたダンカンだったが,ベラの魅力にどハマりし,彼女を束縛しようと船の旅に出る。
しかし,自由奔放で純真無垢,欲望に忠実で果てしない好奇心を持つベラは無敵だ。
他の乗客たちと交流し,驚くべき速さで知性を身につけゆく。
しかし,アレクサンドリアで目撃した貧困の忌まわしさに衝撃を受けたベラは,有り金全てを分け与えてしまう。
無一文となったダンカンとベラは船から降ろされ,パリに辿り着く。
怒り狂うダンカンと決別したベラは経済的自立を得ようと娼館で生活することにするが,やがて男たちの束縛からも,時代の価値観や偏見からも自由になっていく。
そんな中,ベラの元へある報せが届き,急遽ロンドンに戻ることになる。
ロンドンで彼女を待っていたのは,自殺の原因と生まれたばかりの女性として蘇ることになった謎に対する答えだった……。
天才外科医天才科学者バクスターの容貌はつぎはぎだらけで,フランケンシュタイン博士をイメージさせる。
そう,彼もまた残酷で凄惨な幼年時代を過ごし,呪縛に囚われていたのだ。
バクスターとベラは,父娘,科学者と研究対象,ソウルメイト……既存の概念ではカテゴライズできない人間的な関係性を築いて行く。
彼は自分が蘇生させたベラによって解放されるのだ。
『グランド・ブタペスト・ホテル』(2004年ウェス・アンダーソン)を彷彿とさせるような色彩豊かで,リアルなくせにファンタジックな美術は,すべてを歩き回るのに30分はかかる巨大かつ壮麗なセットが組まれたという。
船が海をゆくシーンは,チネチッタで撮影したフェリーニの『そして船は行く』(1983年)のようにノスタルジックだ。
映画冒頭では,肉体に知能が追いついてないためにぎこちない動きのベラだったが,次第に成長して自立と自由を獲得し,歩き方も目つきも凛としていく。
彼女の変化を表現する古風で大胆なデザインの衣装。
パフスリープのバリエーションと生地と色味のチョイス,可愛さには叫びたくなる。
そして,そして,モノクロームから極彩色への変化,ペッツバールレンスや35㎜のエクタクロームを駆使した質感,コントラストのバリエーションの豊かさが,現実世界と架空の世界の境界をあやふやにし,独特の視点・世界観を表現しているロビー・ライアンのカメラワークは必見だ。
ブラックユーモアと狂気がない混ぜになった奇妙で衝撃的な心理ドラマ・『籠の中の乙女』(2009年)で名前を知って以来,作品ごとにパワーアップする壮麗さとスケール感に新たな衝撃を受けるヨルゴス・ランティモス。
つくづく,世界は広く,とんでもない才能が存在するのだと思う。
2024年1月26日(金)より全国公開中。
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画・演劇プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。 |