映画「トーチソングトリロジー」(原題:Torch Song Trilogy)

恋人,友人,家族……愛する人,愛される人に囲まれて生きることはかくも切なく,美しい。

トーチソングトリロジーicon

「トーチソングトリロジー」(原題:Torch Song Trilogy)
監督:ポール・ボガート

今回は,筆者一押し映画のご紹介。

LGBTQなる言葉も一般的ではなく,ゲイ=AIDSと流言飛語が飛びかい,地上最悪の治安状態だったとされる1981年のN.Y.で『トーチソングトリロジー』は上演された。

もともとは,主演のハーヴェイ・ファイアスティンが書き下ろした自伝的コメディ・ドラマ3部作。

1978年,オフ・オフ・ブロードウェイの老舗「ラ・ママ」で初演した1幕劇『インターナショナル・スタッド』から始まり,『子供部屋のフーガ』と『未亡人と子ども 最優先』を続けて公演し,1981年の上演はこれら三作品をまとめて『トーチソングトリロジー』(悲恋歌(トーチソング)三部作(トリロジー))と再構成。

1982年にはブロードウェイにあがり,1983年トニー賞の最優秀作品賞と主演男優賞を受賞。3年間のロングラン公演となった。

日本でも1986年にパルコ劇場で初演。2年後にも再演。

そして,1988年,舞台と同じハーヴェイ・ファイアスティンよる原作・脚本・主演,アン・バンクロフト,マシュー・ブロデリックの共演により映画化。

日本映画界ではそれほどメジャーではないかも(?)だが,不朽の名作として名高いのが本作だ。

年増のゲイで女装のエンターティナー・アーノルド(ハーヴェイ・ファイアスティン)は,一夜の関係よりもわかり合えるパートナーを求めていたところ,ハンサムな高校教師エド(ブライアン・カーウィン)と出会い恋人同士になった……はずだったが,エドはゲイバレを恐れる上に,なんと,バイ・セクシュアルだった。

よりによって,アーノルドの誕生日にエドがローレル(カレン・ヤング)という女性とつきあっていることがばれ,2人の関係は破局に。

それから数年後のクリスマスイベントの夜,アーノルドは若くて美しいアランに出逢う。

自分の容姿と年齢から躊躇するアーノルドだったが,アランのひたむきで純粋な愛情はアーノルドにとってかけがえのないものとなり,二人は結婚・養子を迎える計画まで立てるようになる。

他方で,ローレルと結婚したエドだったが,アーノルドのことが忘れられず,友達付き合いは続いている。

そして,アーノルドの実家は敬虔なユダヤ教信者で,父亡き後,フロリダで一人暮らしする母親(アン・バンクロフト)には,ゲイカップルが養子縁組をして家族になるなんて,一ミリも理解されない。

まだまだゲイがハリウッド映画でタブー視されるなかで,男性同士のラブストーリーを等身大に描いた秀作。

しかし,同性愛に対する偏見,暴力,葛藤……だけが本作の真髄ではない,どころか,たまたま主人公のアーノルドがゲイだったにすぎない。

若さと美貌への憧憬,若さと肉体だけを求められることの憤り,老いることへの諦念,恋人の裏切り,元彼の妻による嫉妬,運命の人との出会いと別れ,自分の生き方を理解できない家族との対立,世間に対すつ体裁,いつの間にか成長した子どもの思いやり……。物語られていることは,すこぶる普遍的だ。

恋人,家族,友人,人は人を求め,愛したいし,愛されたい。

出逢うことの危うさ,分かり合えないことの切なさ,失うことの悲しさがあるものの,それでも求めざるを得ないし,愛さざるを得ないし,それは限りなく尊く美しいことだ。

アーノルドをめぐる3人の男たちとのドラマはコミカルで時に残酷でリアリティに溢れている。

主演のハーヴェイ・ファイアスティンは,自身のライフワークだけに,カレrの演技は洒脱で感動を誘う。

冒頭の鏡に向かって一人語りをする長回しには稀有の俳優としての才能を見せつけられる。

そして,何といっても,ドラマ後半の母親役アン・バンクロフトとのケンカのシーンは最大の見せ場だ。

甘っちょろい御涙頂戴な親子関係なんか微塵も見せない。

遠慮会釈なくガンガンぶつかりあう超辛口シーンだ。

母親は決してゲイの生き方を受け入れることはできない。

しかし,愛する人を失う辛さ,息子の心持ちを限りなく理解しつつ,さらっと去っていく後ろ姿のかっこいいこと。

アーノルドは自分の生き様に恥ずべきことはないと啖呵を切っていたくせに,実はいくばくかの後ろめたさを抱えながら生きてきたことに,気付かされるのだ(やっぱ,オカンは強いしすごいわ)。

権利処理の関係からか,サブスクで見ることは難しいようだし,DVDもプレミアがついて高価だが(原稿執筆している現段階では),一見の価値ある秀作。是非。

監督:ポール・ボガート

原作・脚本:ハーヴェイ・ファイアスティン

製作:ハワード・ゴットフリード
撮影:ミカエル・サロモン

美術:リチャード・フーバー

音楽:ピーター・マッツ

出演:ハーヴェイ・ファイアスティン、マシュー・ブロデリック、アン・バンクロフト、ブライアン・カーウィン、エディ・キャストロダッド

配給:東京テアトル

製作: ハワード・ゴットフリード 監督: ポール・ボガート 原作・脚本・出演: ハーヴェイ・ファイアスティン

1989年12月16日公開 / 上映時間:1時間59分 / 製作:1988年(アメリカ)

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画・演劇プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画・舞台制作にも関わる。