〜「生」も「性」もめんどくさい。けど,今のまま生きなきゃいけないし,今のまま生きていいのさ。〜
「うめざわしゅん作品集成 パンティストッキングのような空の下」<全1巻> |
秀逸なタイトル。「このマンガがすごい!2017」オトコ編・第4位。
不世出の天才漫画家といわれ,ご存知の方も多いのではないでしょうか。
とはいえ,450ページ超の分厚さとややお高めな価格設定に読むのを躊躇っている方もいらっしゃるかも。
ちなみに筆者は書店で表紙買いしました。
衝撃でした。
本著で初めて,うめざわしゅん先生という天才を知りました。
勉強不足でした。
表題作は,スタインベックの『二十日鼠と人間』の主人公のジョージとレニーのようなキャラ設定の三上君とひろし君2人の高校生の物語です。
ターミネーターみたいなガタイで四六時中セックスのことばかり考えているお頭の弱いひろし君。真面目に勉強しているとは思えないのに知的レベルが高く,己の正義に忠実に生きる三上君。いじめ,暴力,トランスジェンダー,性欲……と高校生たちが各々の欲望を遠慮なくぶちまけます。
そして,12年後の2人を描いたのが『平成の大飢饉予告編』で,日々の食事代と性欲に翻弄される2人がぶっ飛んだ設定でコミカルに描かれています。
とはいえ,うめざわ作品には政治とか社会に決して屈しない真摯な姿勢が垣間見られます。
右翼団体の親玉に「君は本気で考えたことがあるかね?この国のために何ができるかと」 と詰め寄られた三上君は,すかさず 「日本のことなんざ知ったことかよ。俺個人のハッピーが一番大事に決まってんだろ。国の為になんか指一本動かしてたまるかってんだ」 と啖呵を切ります。
高校生たちの欲望のカオスを破茶滅茶に,でもどこかリアルに描いた『学級崩壊』。
「エコだ,自然だ」と騒ぐ世界を斜めから見て?を突きつけるような『未来世紀シブーヤ』。
本著は,10編の短編作品が描かれた時期が離れているせいか,青春物語あり,SFあり,ファンタジーあり,韓国映画のような人間臭いドラマあり,とバラエティに富んでいます。
筆者の推しは『朝まだき』と『唯一者たち』です。
ごみ収集員として働く主人公の鬱積した心情を淡々とした日常の中に描く『朝まだき』は,ラストの一コマに爆笑です。
もう,もう,このラスト一コマのためにここまで溜めてきたに違いないと思わせるほどの秀逸なプロットにメロメロです。
そして,16歳の時に犯してしまった幼児性犯罪から心を病んでしまった青年の葛藤を描いた『唯一者たち』。
幼児性犯罪は決して許されるものではないし,肯定できるものではないのはもちろんです。
でも,彼らは自分の犯してしまった罪に苦しみつつ生きていくしかないのです。
では,どうやって生きていけばいいのか?
こんな考えるだけでも悶え苦しむようなテーマを作品としてどう落とし前をつけるのか,興味津々に読んだところ,結末は圧巻でした。
「悲しい話を悲しそうに演じると伝わらない」
映画でも,演劇でも,そして漫画でも普遍的なことだと思います。
うめざわ作品は,辛いテーマを描きながらも,どこか「温もり」や「救い」のようなホワッとした感覚を抱くのは,必ずユーモアの要素が散りばめられているからではないでしょうか。
本作をきっかけに,『ユートピアズ』『えれほん』『ピンキーは二度ベルを鳴らす』,そして『一匹と九十九匹と』と一気読みしました。
さらに,『一匹と九十九匹と』(ルカの福音書にある言葉)は福田恆存が書いた論文のタイトルからとられたと知り,福田恆存の本にまで手を出す始末です(笑)。
本作だけでもお試しを!
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。 |
*こちらのKindle版はコミック版(紙)と表紙が違います。