〜日常にするっと忍び込む非日常,幻想……純文学とエンタメのメランジェ。黒谷ワールドの原点!〜
「二鳥翠 黒谷和也作品集」<全1巻> |
本作の発行年度は最近なのですが,執筆されたのは10年くらい前の作品が多く,初出も個人のウェブサイトなのがほとんどです。
当時は筆ペンで描かれていたようで,派手さはないものの,棟方志功を彷彿とさせるような画風,丁寧に書き込まれた背景と印象的な電柱,日常を描きながらもするっと非日常や幻想を滑り込ませる構成……。
読み始めると,先を読み続けたくなる不思議で懐かしいような魅力的な作品がギュッと詰まった短編集です。
すらりと長身で,彼女を慕ってくる後輩達に苦手意識を持ちつつも,人間関係に摩擦が起きると高校生活が送りにくくなるので円滑に過ごそうとする女子の微妙な心持ちを描いた,『COMICリュウ』開催の漫画賞「龍神賞」で銅龍賞を受賞(2009年)した表題作『二鳥翠』。
人間関係に疲弊して仕事を辞め,人生の行く末に不安を覚えているなつみが,祖父に頼まれて郵便将棋の相手の消息を尋ねる『盤上の往復書簡』。
謎解きを交えつつ,齢を重ねることでこそ醸成される「ちゃんとして生きること」を教えてくれ,少し前に踏み出す勇気をくれる良作です。
双子やドペルゲンガーに興味をお持ちの黒谷先生が描く『双樹』や『偶然の顔』,頭頂部に生えた樹がどんどん成長していく夫と,その妻の顛末を描いた御伽噺のような『樹譚(ギタン)』。
花の精や天使が大活躍したり,花弁の雪降る村が登場したり,樹に芽生えた風船(?!)が異様に成長したりと,ミステリーあり,ファンタジーあり,愛憎ドラマありと,純文学とエンタメがぐるっと混ざって,ポンっと飛び出したかのような初期作品ならではの自由さ(良きにつけ悪しきにつけ編集者の意向に左右されない)と,黒谷先生の引き出しの多さに脱帽です。
本書の見どころ(読みどころ?)は,短編群の他に,長文の「後書き」と「解説と記録」にもあります。
ここ数年で,ドラスティクに変わった出版事情と漫画家の作品発表方法,編集者からの評価の数々に,創作することの苦悩と,それでも独自のスタイルで創り続けてこられた熱を感じました。
後書きでも書かれているように,数年の間に画風が何回か変わっていて,近年の作品はデジタルで描かれ,画風も洗練されています。
かつては,一般受けしない,地味といった評価を編集者にされたこともあったようです。
ですが,筆者個人としては,本作の筆ペンの無骨なようでいて繊細なタッチ,そして物語展開の個性にぐいぐい迫るエネルギーを感じ,読むのを止められませんでした。
黒谷先生の作品は,本作以外にも,
『書店員 波山個間子』(KADOKAWA),
『コーヴェ・アンネイの図書館』(空汀書房),
『本の懐胎』(空汀書房)など,
本と樹に関するお話が多いようです。
特に,今回どちらをご紹介するか迷いに迷ったのが『書店員 波山個間子』全2巻(KADOKAWA)です。
接客が苦手にもかかわらず,ブックアドバイザーに任ぜられた書店員・波山個間子が客にぴったりの本を紹介していくエピソード集です。
作中に登場するのは全て実在の本ばかりで,読書好きにはもちろん,どんな本を読めばいいか悩んでいる方には断然お勧めの一冊です。
読むものを惹きつけて止まない黒谷ワールド。 ぜひお試しを!
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。 |
*Kindle Unlimitedにも入ってます。