「たったひとつのことしか知らない」本田

〜たったひとつのことしか知らなくても,否,たったひとつのことさえ知っていれば友達でいられる〜

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「たったひとつのことしか知らない」
本田/講談社

コミックス類型25万部突破,2018年10月からアニメも放映される『ガイコツ書店員 本田さん』の著者,本田氏の作品です。

本作『たったひとつのことしか知らない』は、赤岩と藤ノ木という男2人の、付かず離れずの友情を描いた短編です。
彼らは小3のとき数週間だけ同級生でそれ以来会うこと無く、不定期に電話で会話するだけの関係が30過ぎの現在まで続いています。
小3から30歳まで……とくると、学生生活、卒業、就職、恋人との出逢いや別れ、あるいは結婚や出産、仕事仲間や上司部下との人間関係……と人生のフルコースを描くことができそうですが、本作は徹頭徹尾、見事なまでにシンプルに2人の友情だけにフォーカスして描かれています。

中途採用で入った東京の会社で働く藤ノ木。小田急沿線(“登戸”が最寄り駅らしい)のアパートに一人暮らし。さしたる趣味も無く、帰宅後は缶ビールで晩酌をし、日々淡々と生活する彼の密かな楽しみが赤岩とのくだらない電話です。

しかし、赤岩からの電話はといえば、忘れた頃に掛かってくるほど不定期で,しかもいつも非通知です。なので,藤ノ木は赤岩の電話番号も連絡方法も、何処に住んで何をしているのかも知りません。
電話からも漏れ聞こえる音や赤岩の様子から、どうやら海外を転々として,しかも結構ゴージャスに生きているらしく、時差を無視して、夜明け前だろうと、深夜だろうと,藤ノ木の勤務時間中だろうと、掛けてきます。

こんな風に、「電話」は一方的な赤岩の都合で掛かって来るし、会話の内容は、雑談のための雑談といった他愛も無い内容です。

他方,読者には、赤岩の海外でのミッションが垣間見えてきます。
どうも,それは,世界中を騒がせるような,相当やばそうなミッションらしいことも……。

ですが,藤ノ木は赤岩の置かれている具体的な状況を,全く探ろうとはしません。
ただ,ただ,愚直なまでに誠実に、赤岩からの非通知電話に出ます。そして,赤岩の微妙な心の揺らぎを察し,元気がなさそうな時にはとっておきの爆笑ネタを披露して赤岩を元気づけようとします。

ある日の夕刻、小田急線で帰宅途中の藤ノ木の携帯が鳴ります。
画面を見ると「非通知」。下車駅(登戸)まであと1つ。あと1つなのですが,藤ノ木は断腸の思い(?)で手前の駅(和泉多摩川)で下車して電話に出ます。
ここに藤ノ木の,社会の中で地味でも誠実に生活する姿勢と,赤岩への真摯な姿勢がさりげなく描かれていて,う~~~~ん上手い!と思わずうなってしまいました。

「…誇りと言える自信も無いけどやりがいを感じて仕事してた」

とにかく,ウィットに富んだ会話の心地よさに酔っている間に一気に読み終わってしまう,
そして,あとから何回も読み返したくなる63ページです。

「精神の均衡をやぶるいちばんの要素って何だと思う?」
「えっ難しくないか。雑談のくせに」
「もちろん雑談だ。本気の回答をたのむ」
「あっこの野郎。退路を断とうとするんじゃないよ」

はてさて,赤岩のミッションはどうなるのか?

藤ノ木は人生に楽しみを見つけることができるのか?

そして,2人の友情は?再会は?

『ガイコツ書店員 本田さん』とは一味違った本田ワールドご堪能あれ!

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。