「世界は寒い」 高野雀

~殺したい奴が居ない人間なんて居ねえだろ?誰を殺す?さあ,君にチャンスは一度きり~

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「世界は寒い」(1)
高野雀/祥伝社(フィールコミックスFCswing)<全2巻>

郊外のフードコートでバイトする17歳の女子6人。

地元の共学高校に通う岡村,古賀,吉川。

有名進学校に通う早坂と細野,そして高校に行けなかった三好。

学校,バイト,好きな男子,部活,SNSの投稿,勉強……一見,平穏な彼女たちの日常だが,静かな湖面に投じられた石のような事件が起きる。

閉店後のフードコートに残された客の忘れ物らしき紙袋。

そこには弾倉いっぱい弾が込められた拳銃が。

河原で試し撃ちをしてみた6人は,銃の威力にビビるも,警察に届けず,お互い共犯者になることにする。

みんな一発ずつ撃とうよ

女子高生が銃でひとを殺すなんて誰も思わない

銃本体を細野が,他の5人が弾を1発ずつ持ち,殺害計画を企てることにする。

各自が「殺したい」と考える奴に,お互いに協力して弾丸を一発ずつお見舞いしようと。

人間誰しも 

殺したい奴が1人や2人や3人や4人や5人や

6人や7人や8人や9人や10人や11人や12人や

13人や1415161718192021

22人は居る

世の中 邪魔な奴が多すぎる

ですが,

「女子高生が拳銃ぶっ放すハードボイルドもの」にならないのが,高野雀先生の真骨頂です。

SNS投稿中毒でいつも何かに怒っている。その承認欲求ぶりは,いっそ清々しさを感じるほど。

学校中からハブられようが,不登校になんかならない鋼のメンタルを持つ古賀。

ポルトガル語圏出身の父と日本人の母を持つ心優しい吉川。

長身と運動神経の良さを生かしてバレーボールに熱中したが膝の故障で引退。目下,若干のモラトリアム状態。

派手な容姿とクールな立ち居振る舞い,男性経験も豊富でスクールカースト上位にいる岡村。

年齢にそぐわぬ肝の座り方は,とんでもない修羅場をくぐり抜けて来たからのよう。

アル中の父が出奔し,母と弟との生活は経済的にかつかつで,高校進学もできず働きながら高認合格を目指す三好。

自分達を捨てた父親を心底憎んでいる。

過干渉で隅から隅まで娘の人生を支配しようとする母親に苦しむ優等生の早坂。

長女気質が災いしてか,母親によるメンタルのやられようは妹よりも深刻で,自己肯定感が低い。

絶えず沈着冷静,オタク気質で智慧者の細野。睡眠と食事を邪魔されるのを何より嫌うぽっちゃりさん。

メンバー全体のブレーン的存在であり,早坂の心強い友人。

殺人計画が周到に進行する一方で,彼女たち11人の家族との関係性が圧倒的なスピード感で,しかも丁寧に描かれて行きます。

子どもは自由なんかじゃありません。

社会的・法的に保護されるべきという名の不自由さが,絶えず纏わりつきます。

大なり小なり,良きにつけ悪しきにつけ,大人の都合に翻弄されます。

細野は言います。

「家庭なんて運ゲーです。その過程に誇りを持てるかは偶然にすぎません」

また,物語後半では,拳銃の持ち主らしき悪~い大人たちが見え隠れし,彼女たちを危険に晒します。

さて,彼女たちは計画通りに銃を一発ずつ撃って,ターゲットを抹殺できるのでしょうか?

彼女たちは,安易にお互いを友達だとは言いません。

ですが,共犯者となり,時には衝突しつつも,協力しあって大人たちの理不尽に対峙します。

その姿は颯爽と美しく,抜群に格好いいのです。

高野雀先生が,そんな彼女たちに言葉を贈ります。

冬は君の輪郭をみしみしと刻み途方に暮れさせる

どんなに祈っても冬はやって来てしまう

しかし我々は春を知っている

季節が始まるということは いつか終わるということだ

終わらない季節など何処の世界にもない

走れ 笑え 生き延びろ

その先に君の新しい季節が待っている

また,コマの合間合間に散りばめられた宝石のような言葉が本作に独特のリズムを与えてくれていることも付け加えておきましょう。

時にはヒップホップ,時にはシャンソン,時にはロックのメロディーが聞こえてくるような錯覚に陥るほどに。

タイトルの『世界は寒い』は,ブリジット・フォンテーヌ(Brigitte Fontaine)のcomme à la radio(ラジオのように)にある歌詞の一部,Il fait froid dans le monde からとのことです。(1巻あとがきより)

超アバンギャルドなジャズ,『ラジオのように』を聴きながら,『世界は寒い』を読まれるのも一興でございます。

コミック2巻で完結の秀作,お試しを!

推薦者
小林美也子

Kobayashi miyako

教育&映画プロデューサー

漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。