小林美也子小林美也子〜『ローマの休日』をイタリアオヤジ,スーツ,老眼鏡でやるとこうなる?!〜
「クマとインテリ」<全1巻> |
映画脚本では権威と歴史のある城戸賞。
ただ,過去46回の入選作品中映画化されたのはわずか14本。
2003年に入選した脚本は,時代劇でもあり,映画化が難航したものの諦めきれなかった某プロデューサーが作者に「先ず,小説にしろ。ヒット小説の映画化を狙う」ということで,小学館から小説刊行。
結果,第139回直木賞(2008年上半期)ノミネート,2009年の第6回本屋大賞第2位。
2010年10月時点で累計発行部数70万部を突破。時代小説のファンには男性が多い傾向にもかかわらず,女性読者が多くを占めた。
ヒット要因の1つが表紙イラストにオノナツメ氏を起用した大胆な装丁。
2010年に映画制作開始,2011年公開……とおもいきや,水攻めシーンのある作品なので,東日本大震災の影響から公開延期となり,やっと2012年に公開。累計興行収入28.4億円を記録するヒット作となった。
そうです。『のぼうの城』です。
とまあ,前置きを長々と綴りましたが,筆者は小説『のぼうの城』(元々の脚本のタイトルは『忍の城』でした)の表紙イラストにオノナツメ氏を起用したセンスに脱帽です。
当時,書店でジャケ買いした読者はどれほどいらしたことでしょう。
滝平二郎,棟方志功を彷彿とさせるタッチ。 朴訥なようでスタイリッシュ。
一切キラキラのない白目の多い瞳が饒舌にキャラクターの心の動きを物語ります。
そんなオノナツメ先生がbasso名義で手掛けられているBL作品の一つが本書です。
今回ご紹介する『クマとインテリ』は,イタリア(主にローマ)を舞台に繰り広げられる9編のオムニバスドラマです。
初老のインテリ政治家ファウスト・カッラーロは,史上最短で退陣した前首相で現党総裁。
妻子があり,表向きにはアンチゲイを標榜しているものの実はゲイで,若く美しい男好きだが,メディア王の弟ジーノのお陰でスキャンダルはもみ消されている。
こんなファウストを中心に,ファウストの政敵でゲイであることを公表しているアルビーノ・ドルチとその恋人ネーリ(ファウストと一夜のアバンチュールを経験),ファウストの新米秘書の青年,ジェラート好きな3人の青年,ジェラテリーアの主人マルチェッロなど,様々な人物のサイドストーリーを交えながら物語は進みます。
筆者の超オススメは,本書タイトルにもなっている『orso e intellettuale クマとインテリ』です。
バカンスに出かけた避暑地でSPなしに1人でアバンチュールを楽しむファウストがふとしたきっかけで出会ったカメラマンのブルーノ。
自分の好みでないクマのようなむくつけき男になぜか惹かれる。
海外の仕事が多く,ファウストのことを知らないと言うブルーノに仕事を紹介しようとメディア王の弟に連絡を取ると,ブルーノが実はパパラッチでファウストの写真を多く提供していることを知らされる。
ブルーノの裏切りに怒りを覚えるファウストだが実は……。
このお話,ファウストをアン王女に,ブルーノをジョー・ブラッドレーに置き換えれば,まるで『ローマの休日』です。
更にオススメが,本書のために書き下ろされた『ジェラートにまつわる3つの短編』です。
ジェラート好きの3人の青年のよもやま話し「ジェラート談義 discorso del gelato 」(8ページ)で始まるのすが,「追われる男 uomo che e stato inseguito 」(12ページ),「昼下がりの部屋 la camera del primo pomeriggio 」(9ぺージ)を通じて,いくつかの恋愛が語られます。
とりわけ,息子の同性婚に猛反対していたはずのジェラテリーアの主人マルチェッロが心を許すようになる心境の変化が,マルッチェロを一度も登場させずに描くところが圧巻です。
『ローマの休日』の脚本家ダルトン・トランボは,登場人物に語らせずしてその想いを語らせることにかけては抜きん出た才能の持ち主ですが,オノナツメ(basso)先生もその点では異彩を放つ作家さんだと思います。
今回は,あちこち寄り道してしまいましたが,コミック1冊にギュッと凝縮されたラブ・ストーリーと魅力溢れるキャラクターと台詞の数々。
このご時世,訪れることもままならぬローマ(N.Y.が舞台のお話もありますが,イタリアチックです)の空気を感じつつご堪能くださいませ。
本書の登場人物たちに魅了されたなら,続編『amato amaro』(アマート・アマーロ),『Gad Sfortunato』(ガッド・スフォルトゥナート),『アルとネーリとその周辺』もお試しを!
推薦者 Kobayashi miyako |
教育&映画プロデューサー 漫画と映画で人生を学び,現在は各地で法律を教えつつ映画制作にも関わる。 |